神林 寿子(かんばやし すみこ)氏
―素敵な老後という特集記事で、科学者の神林寿子さんにお話をうかがいます。神林さん、本日はどうぞよろしくお願い致します。
神林:よろしくお願いします。
―ずっと勤められていた研究所を退職されてから10年――神林さんの現在のライフスタイルはいかがですか?
神林:ご覧の通り、ワタクシの生活はこの後ろに立っている介助ロボットに支えてもらっていますからね。この子は24時間、ワタクシの身体や心を常にサポートしてくれる頼もしい存在なの。おかげでワタクシの毎日はとても充実しているわ。
―どのようなサポートを受けているのか、具体的に教えていただいてもよろしいでしょうか?
神林:ご覧の通り常にワタクシの後ろにいてくれますからね。例えばワタクシが寝る時はベッドに運んでくれるし、ワタクシが食事をする時には料理を提供してくれる。買い物に行くときには車を出してくれるし、お風呂にも入れてくれる。その他にもワタクシが必要とする物や情報をすぐに提供してくれて、本当に便利で助かっているわ。
―それは素晴らしいですね。神林さんがこのようなライフスタイルを選んだ理由は何でしょうか?
神林:ワタクシは長年、科学者としてロボット研究の第一線で働いてきたわ。日本の社会では女というだけで優秀であってもチャンスをもらえないとか不当な扱いを受けることも沢山あったけど、それでも他の人の何倍もの努力してやってきたの。もう科学者としては引退したけどこれまでの研究の成果を日々の生活に活かしつつ、ロボットと一緒に暮らす日々の中で得たデータやアイデアを可愛い後輩たちに提供してあげようと思い、こんな暮らしをしているといったところね。
―なるほど、最後まで科学者として人類の未来に貢献し続けたいという思いがあるんですね。
神林:最後? ワタクシに最後はありません。ワタクシはこの肉体が朽ち果てたら脳を培養液で浸した容器に入れてコンピューターへ繋げておくつもりなの。そうやって永遠に生き続けるつもりよ。
―それはすごいですね。しかし、脳だけの生命を維持することについては倫理的な問題があるという意見もありますが?
神林:ワタクシは倫理感なんてくだらないものに興味はないの。そんなものに足を引っ張られるよりも、ワタクシは人類の未来を拓くための新たな可能性を追求することの方が重要だと思っているの。
―神林さんの情熱と使命感には感銘を受けますね。最後に、神林さんにとって人生とは何だと思われますか?
神林:人生とは自分が信じることに全力で取り組むことだと思っているわ。ワタクシは科学に魅了されて、自分の夢を追い求めてきた。そのために失ってきたものもあるけど、何も後悔はしていない。ワタクシの人生は、ワタクシ自身の理念に基づいて歩んできた幸せなものだったと思うし、これからもそうしていくわ。
―素晴らしいですね。神林さんのよう方がいるからこそ、人類は進化し続けることができるんですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
神林:いいえ、こちらこそ、お話しできて光栄でしたわ。ありがとうございました。
インタビューを終え、私は席を立った。
「それでは失礼します、ありがとうございました」
玄関まで見送りきてくれた神林氏に、私はそれとなく尋ねた。
「他にご家族はいらっしゃらないのですか?」
神林:家族ですか? ワタクシに家族はいません。この後ろのロボットだけです。
―そうですか。
神林:はい、ワタクシには息子がいますが、もう随分と会っていません。彼には本当に可哀想なことをしました。ワタクシは科学者としての興味に夢中になるあまり、家庭のことには全く無関心でした。それが原因で夫とは離婚し、親権もあっちに行きました。甘えたい時期に母親がいなくて、彼はどれほど寂しい思いをしたでしょうか。ワタクシには彼にあわす顔なんてないんです。母親らしいことなんて何一つしてこなかったくせに、息子に甘える権利なんてないんです。だからワタクシは彼に迷惑を掛けないようにひっそりと生きて、この肉体が朽ちたときにはこれまで働いて稼いだお金を精神的な慰謝料として彼にあげられるように、出来る限り遺しておくことがワタクシの人間としての最後の使命だと思っているの。
寂しげに語る神林氏の後ろで、長男の雅弘(まさひろ)氏が申し訳なさそうな顔で笑っていた。
※このインタビューはフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。