08 存在に対する感謝

 ありとあらゆる社会通念が残念な人たちに悪用されていることがお分かりいただけたことと思う。
 僕らだって同じ人間なのだから、気をつけていないと彼らのような過ちを犯してしまう可能性は十二分にある。
 そのようなことがないように作話する脳の性質と強い自己愛にしっかりと注意を払い、意識していこう。

 客観的に見ておかしなことを言ってはいないか、やってはいないか、都合の良い解釈をふりかざして理にかなっていない要求を押し通してはいないか――このように自らを省みることが出来れば、何も考えずにただ漫然と自己愛を野放しにしているよりは大切な人を傷つける機会を減らすことが出来る。

 悲しいことに、僕らは大切な人にこそ、このような迷惑を掛けてしまうところがある。
 ○×問題のたとえでも分かるとおり、共通して被害にあっているのは、加害者にとって甘えることが出来そうな人たちばかりだ。

 弱そうな人、反撃してこなさそうな人、話しを聞いてくれそうな人――そういった優しそうな人たちが皆、残念な人たちの自己愛の餌食となっている。

 僕らも同じように、甘えられる人にばかり他の人には出来ないような自己愛の発散に付き合ってもらおうとしてしまう。
 恋人や親に暴力をふるったり、子供に虐待をしたり――そんなに極端なことばかりじゃなくても、イライラしているときに怒鳴ったり、すねたり、ふてくされたり、他人には絶対に出来ないような失礼な態度や行いも平気でやってしまう。

 この甘えられる人たちこそ、大切な人たちなのにね。

 本当はどうでもいいはずの、心を許していないただの知り合いや、たまにしか会わない親戚、職場の上司、敵なんかには傷つけられないように、失礼のないように気を遣ったり、謙虚に振るまったりするくせに、一番身近にいる大切な人には自分のありとあらゆる欲求を受け入れてもらおうと甘えてしまう。

 学校や職場では「いい人」が、家庭内や恋人に対しては「暴君」になっているというのも良く聞く話。

 脳は自分にとって都合の良い解釈ばかりをしたがるものだから、増長し、傲慢になっていくのも当然のことなんだけど、人間だし、人間なのだから、ただそれに流されて大切な人を傷つけてしまわないように、理性的かつ意識的に大切な人との間により良いコミュニケーションを築いていこう。

 そのためには、一体どのような考えを持てば良いのか。
 それはとても簡単なことで、大切な人の、その存在に対して感謝をすることだ。

《存在に対する感謝》

 感謝って本当に凄い。

 人間の感情は波打つものだから、ずーっと同じ気持ちでいることは出来ないけれど、少なくとも感謝の気持ちに浸っているその瞬間だけは、誰かを敬うことが出来るし、優しくなれるし、傷つけようと思わないでいられる。
 傲慢で強欲な僕たちでも、このあたたかい気持ちをくれた相手に何かしらいい気持ちになってもらいたいと思うことが出来る。

 損しかくれないような嫌いな人に何かをするなんて絶対にイヤだけど、好きな人や恩師の誕生日にはプレゼントをしたいと思えるように、得をさせてもらっていると感じた相手にはこちらからも得をさせたいと簡単に思うことが出来る。

 ちょっと冷めた言い方をすれば、自分自身の中に損得にこだわる性質がある以上、あまりにも大きな得をいただいてしまうと相手がその分だけ損を感じていないかと、不安になるんだよね。

 そんな大切な人に嫌われたり、見捨てられたりした惨めな自分に会いたくないという強い思いが、大切な人を喜ばせている素敵な自分に会いたいと思わせてくれる。

 大切な人との間により良いコミュニケーションを築いていこうと思わせてくれるこの感謝。

 大切な人と接するときには、出来る限り長い時間、このような気持ちに浸っていられるようにしていこう。

 そのために必要なのが大切な人、その人自身の存在に対する感謝だ。

「プレゼントをもらったから」とか、「手助けをしてもらったから」というような、相手の行動に応じた受け身の感謝をしているだけではそのとき限りで終わってしまうけれど、存在に対する感謝であれば大切な人が生きている限り自発的に、積極的に、何度も何度も繰り返し感謝の気持ちを湧かせることが出来る。

 君にとって大切な人たちの顔を、今頭の中で思い描いて見て欲しい。

 その人たちは全員、君に対して何かしらの得をくれたことのある人たちだったはずだ。

 そのような人たちの一人一人がどれだけ貴重な存在なのかは、これまで君が見てきた人たちの数と比較してみれば直ぐに分かることだよね。

 どうでもいい人ばかりがうじゃうじゃいるこの世界で、数えられるほどしかいない大切な人たち。

 誰にも相手にされていないことが容易に想像出来るような老人が赤の他人に絡んでまで寂しさを紛らわせようとするように、大切な人がこの世界にいることって、当たり前のことじゃないんだよ。

 失ってからそれに気付く人も多いものだけど、後悔したって誰の得にもならない。
 いつか必ず別れるときが来るのだから、その存在に感謝を持って、君にとって大切な人が、君にとって大切な人として存在してくれている限りある時間の中で、有意義なコミュニケーションを沢山取れるようにしていこう。

 大切な人も、自分と同じ性質を持った同じ人間なんだ。

 傲慢で強欲で、素敵な自分に会いたくて惨めな自分に会いたくない、自分の損得ばかり考えて必死に生きている自己愛の塊。

 それなのに、君に何かしらの得を与えてくれて、君の世界の重要人物として存在してくれている。これって本当にありがたくて、誇らしくて、素晴らしいことだよね。

「お金を稼ぐようになってから初めて両親の苦労が分かった」とか言って、社会人になってから急に親に感謝し始める人たちがいるけど、そのような気持ちになれる人たちは、まさに親も自分と同じ人間だったと気付けた人たち。

 子供の頃から一緒に暮らしていると親って何でもできるスーパーマンのように思えてしまうものだけど、年齢が近づき、働き始めるようになると、若き日の親が自分と全く変わらない未熟さを抱えたまま必死で親を演じようと頑張っていてくれたことが実感でき、どれだけ頑張ってくれていたのか、損をしてくれていたのかが理解出来、感謝の気持ちが湧いてくる。

 同じ自己愛の強い人間なのに、「大切な人」としてこの世界に存在してくれている人たち。
 その存在に感謝することが出来れば、愛の幻想なんか必要ない。

 そんなものがなくたって、自らすすんで大切な人のために損をすることが出来るし、自然と謙虚な気持ちで敬うことが出来る。

 次からは大切な人の、その存在に対する感謝があればこそ出来るコミュニケーションについて、例によって○×問題形式で見ていこう。