02 愛は相手の事情などお構いなしに勝手に生じるもの

 次に愛が生じる、そのタイミングについて見ていこう。

 例によって、大切にしているペットの愛らしい仕草を目の当たりにしたとき。
 胸の奥にジワーッとあたたかい感覚が広がり、思わず「愛してる!」と叫びたくなる。

 このような感情が爆発しているとき、僕たちはその子の気持ちをちゃんと考えているだろうか。

 その子自身は、本当はいつも「俺を野に放て!」と泣き叫んでいるのかもしれないのに、僕たちは言葉が通じないのをいいことに勝手な解釈で願望に満ちた空想の感情をペットに押しつけて、「そうでちゅかー」とか赤ちゃん言葉なんか使っちゃったりして、自身の中に溢れてくるうっとりとするような感覚に浮かれている。

 神様から見れば実に陰惨な、酷たらしい光景なのかもしれないけど、これが愛の性質なのだから仕方がない。

 愛はこのように、相手の事情などお構いなしに勝手に生じる。

 学生時代の恋愛に思いを馳せてもらえば分かりやすいかもしれない。

 体育祭で真剣な顔をして走るあの人の姿を見たとき、文化祭で友達たちとはしゃいでいるあの人の姿を見たとき、ふとした瞬間にドキッと胸の音がして、強い気持ちが溢れてくる。

 青春時代を例にあげればロマンチックで美しいことのようだけど、結構コレって厄介な話。だって40歳の人が16歳のコンビニ店員に恋をしてしまうこともあるからね。

「ただマニュアル通りに接客していただけなのに勘違いしないでください」と言いたいところだけど、愛は相手の事情などおかまいなしに勝手に生じてくるものだから、どうしようもない。

 前述の体育祭と文化祭のワンシーンも、ただ走っていただけなのに、ただ友達とはしゃいでいただけなのに、彼らの事情などまるで無視されて、頼んでもいないのに勝手に愛されてしまっている。

 これは本当に、自分勝手なもの。

「はい、愛を感じてください」なんて誰かに言われてもその通りにはできず、あくまでも自身のタイミングで相手の事情などお構いなしにそれは生じてくる。

 君がこれまでに好きだと感じたヒーローものの映画やドラマ、漫画やアニメの登場人物たちを思い描いて見て欲しい。

 彼らだってそうだよね。

 彼らは地球や誰かを守るために精一杯闘っているだけだったのに、君は「カッコイイ!」とか「可愛い!」とか思ったりして、彼らの事情などお構いなしに、勝手に愛を感じていたはずだ。
 
 愛は相手の事情などお構いなしに勝手に生じるもの。

 そういうものなんだ。