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~死ぬ前に娘に伝え遺しておきたいシリーズ 第3弾です~

 君よ、愛しい君よ。

 君が愛に傷つかないために、君に愛について語りたい。

 愛とは何か。

 それは「好き」よりも上位の感情で、お金よりも命よりも価値のあるこの世界で最も尊いもの――という幻想があるけれど、果たして本当にそうだろうか。

「好きです」と言って付き合い始めた恋人に、「愛しています」と言って結婚をする――そんな美しい使い方をするだけなら素晴らしいものだけど、この世界には「愛」を自らの要求を押し通す免罪符のように悪用する人たちが沢山いる。

『こんなに愛しているのにどうして分かってくれないんだ!』
 そう言って、恋人に暴力をふるう人がいる。
『私がこんなになってしまったのは子供の頃に親の愛情をもらえなかったせいだ!』
 そう言って、親をイジメ続ける人がいる。
『あんなに愛情を掛けて育ててやったんだから親の面倒を見て当然だ!』
 そう言って、我が身の介護を子供に強要する人がいる。

 どうしてこのような人たちが出てくるのかと言えば、冒頭でお伝えした通り「愛」が「この世界で最も尊いもの」という幻想をまとっているからに他ならない。

 暴力をふるう人は、この世界で最も尊い愛を踏みにじる悪人には暴力をふるってもいいと思っている。

 親をイジメ続ける人は、この世界で最も尊い愛をもらえなかったのだから、そんな親はどんなに痛めつけてもいいと思っている。

 介護を強要する人は、この世界で最も尊い愛を捧げたのだから、その見返りを要求するのは当然のこだと思っている。

 外野から見れば取るに足らない馬鹿げた主張であるが、そんな暴論を振りかざしている本人だけは自らの主張が正当なものだと本気で思い込んでいる。

 彼らは愛が持つその幻想を悪用し、自らの暴力性や傲慢さ、怠惰さ、依存心などのネガティブな感情を野放しにし、際限なく自らの欲求を貪ろうとし続ける。

 パパは君がこのような誤った愛の使い方によって誰かを傷つけることも、誰かに傷つけられることも望まない。

 だからこの文章群を通して愛が持つ幻想のベールを剥ぎ取り、君に本当の愛の姿を伝えたい。

 これを書いている今、パパとママは出会って九年、付き合い出して七年、結婚して四年が経っているけど、ずっと仲良しだ。

 喧嘩なんて一年に一度あるかないかぐらいのもので、いつもこの人と一緒にいられて、パパはなんて幸せ者なんだろうと、感謝に満ちた日々を送っている。

 それはきっと、愛を上手に使えているから。

 大切なママを傷つけることなく、気持ちのいいコミュニケーションをし続けていられるのだと自負している。

 そんなパパが思う、愛についての哲学。

 普通は親も学校も教えてくれないことだけど、パパはせっかく君の親になれたのだから、まさにこういうことこそ、君に伝え遺しておきたいと思うんだ。

 将来君に大切な人ができたとき、きっと幸せな関係を構築するのに役に立つことだから、軽い気持ちで読み進めて欲しい。

 君が愛に傷つきませんように。