16 大好きな君の話。全く新しい日々の始まり。

 結婚はしても子供は作らないというご家庭も多い中で、どうして我が家は貧乏なのに君を作ることにしたのか。
 それはパパの場合、ママと二人で作る、二人だけにしか作れない生き物に会いたかったというのが一番の理由だ。
 君はパパとママ、二人の遺伝子情報が半分ずつ入っているという、パパとママにしかできない、パパとママの人生と存在を素材として生み出された唯一無二の奇跡だからね。
 自らのお腹を痛めて産むわけでもないのに勝手なことを言うけど、そんなスペシャルでミラクルな究極生物に、どうしても会いたかったんだ。
 君が動いているところを見たかったし、声を聞きたかったし、抱きしめたかった。
 もう一つの理由は、ママの孤独を君に埋めてもらいたかったから。
 パパの孤独はSさん、A先生、K、そしてママに会うことで癒されたけど、ママ自身の深い孤独の中にはパパでは癒せない部分がある。
 感覚的な話だけど、それを癒すことができるのはママ自身の身体の中から現れ、ママのお乳を飲んで育つ君だけだと感じたんだ。
 ――そんなことをアレコレと思いながら、パパとママは結婚後直ぐに子作りを始めたんだけど、できなかった。

「一緒に生活をしていく中で自然にできたらいいね」と、特に焦ることもなく過ごしていたんだけど、あるとき産婦人科でみてもらうと、ママには多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)という疾患があることが分かった。
 これがあると妊娠しにくくなり、その他にもリスクがあるという厄介なものなので、しっかりとした不妊治療をしようかという話にもなった。
 だけど漫画や本やネットなどで不妊治療関連の体験談を見ると、費用も労力も果てしなく掛かるというのに、全く成果がでずに諦めたという話も多数あった。
 屈辱的な診察や治療で精神的に削られてしまったという話も多く見られて、ママのお友達は体外受精で授かったりしていたけど、うちは特に病院での治療はしないでやっていこうと決めた。
 Sさんにその話をすると、「身体を温めた方がいいですよ」と言われ、当時Sさんとその秘書さんがハマっていた酵素風呂にママと一緒にパパも通ったりしていた。
 その他にも、ママの職場がちょうど歩いて行きやすい距離に変わったり、一時期だけ仕事で一緒になった産休明けの女性から「ここに通うようになったら妊娠したの」という整体を奨められたり、ママのお父さんから子宝の湯として有名な温泉に誘われたりと、身体が温まるイベントが次から次に向こうからもやってきた。

 2018年の1月。
 元旦の親戚の集まりから帰宅後、吐き気を訴えたママが「これはお酒のせいじゃない気がする」と検査薬を使ったところ、陽性反応が出た。
 数日後に産婦人科で見てもらうと無事妊娠しており、もう三か月目に入っていた。
 正月から、一気に慌ただしくなった。
 それから君と出会うまで、ママはお腹の中で君を育てながら生活をしていくわけだけど、その身体に起こっていく変化がとても興味深かったよ。
 お産をしやすいように骨盤や関節が自動的に緩んでいったり、身体の中で髪から目から鼻から、何から何かまで勝手に人体が作り上げられていくのって本当に凄い。
 誰からも教わっていない、意識もしていないことなのに、無意識にこれまで生まれてからずっと使うことのなかった身体の機能が一斉に動き出すなんて、神秘的だった。
 途中、ママは体調を崩して一時入院することもあった。
 切迫流産の危険性があるということで数日間出産予定の産婦人科に泊まることになったんだけど、初日の深夜、廊下から子供たちの笑い声と駆け回る足音が聞こえてきたそうだ。
『これは恐い、幽霊だ』と思い、怯えながら寝たふりをしていたところ、隣のベッドでいびきをかきながら寝ていた女性が突然、「うるさい! 何時だと思ってんの!」と寝言で叫んだ。
 その瞬間、子供たちの声も足音もパッと消えてしまった。
「幽霊も怒られるとしゅんとなるんだね」と、ママは笑っていた。
 そんなハプニングもありながら、出産の二か月前まで働いていて、本当に強い方だなと尊敬した。
 産休に入る直前、大好きなお父さん――君のおじいちゃんがご病気で亡くなられるという、ママにとってはこの世の終わりのような大事件も起こった。
 尋常じゃないストレスで本当に流産してしまうんじゃないかと心配したけど、君の存在が希望となり、圧倒的な絶望をなんとか乗り越え、無事に君を出産してくれた。
 出生前診断は受けなかったけど、体重も重く、泣き声も力強く、君はバッチリと健康な身体を持って生まれてきてくれた。
 ママのお腹から出てきたとき、君はママに向けてニッコリとほほ笑んでくれたそうだ。
 この世界にデビューしたばかりの大変な瞬間に、ママになんて素晴らしいプレゼントを贈ってくれたのかと感嘆する。
 一方、パパが初めて君と会ったときには、君はパパのことを怪訝そうな顔でジーッと睨みつけたまま、くすりとも笑わなかった。
『アンタが私の父親なの?』、『ちゃんと育てることができるの?』と、覚悟を問われているように感じた。
『ふざけるな、絶対に幸せにしてやるぞ!』と、テレパシーを飛ばしながら、思いっきり笑顔を作って見せたことを覚えている。

 ――誕生から数日後、君が我が家にやってきた。
 これまでの日々とは全く違う、重い重い責任を伴う緊張感溢れる新生活が始まった。
 それは想像していた以上に大変で、だけど想像していた以上に新鮮で、楽しい日々の始まりだった。
 毎日ちょっとずついろんなことができるようになっていく君が、本当に面白い。
 可愛いぬいぐるみのようなのに、ハイハイをしたり、立ち上がったり、声を発したり、どんどんいろんなことができるようになっていき、見ていて飽きることがない。
 ママは毎日保育園の持ち物、お着替えの準備をし、食事を与え、夜泣きの対応をし、本当に細かいところにもよく気付いて君の生活を守ってくれている。
 ママの働きには到底かなわないけど、パパも毎日保育園への送り迎えをし、オムツを替え、お風呂に入れたりして君と関わっている。
 これまでになかった時間が増大すると同時に、自分が自由にできる時間は減少した。
 正直肉体的には辛いけど、過去には比べ物にならないほど辛く、息苦しい時間を味わってきたからね。
 あのときに比べれば君とママがいる生活なんて夢の世界を生きているようなものだから、全然大丈夫だ。
 同世代のパパたちの中には、何もかも奥さんに押し付けて自分は仕事から帰ったら部屋にこもってゲームや趣味に没頭している人も多いと聞く。
 パパはそういう家庭にいる子供がどんな思いをしているのか、身を持って知っているからね。
 そんなことは絶対に出来ないし、したいとも思わない。
 あの頃のパパの寂しさはこの日のためにあったのだと思えれば、なかなか学ぼうとしても学ぶことのできない、貴重な勉強をさせていただいたと誇らしい気持ちにすらなってくる。
 ――そんな感じでさ、辛いことも悲しいことも、その瞬間はどんなに苦しくとも、それがあったからあとになって良かったことって沢山ある。
 ご飯が美味しいのはお腹が空いているときだし、闇があるから光があるし、悲しみがあるから幸せがある。
 人生は長いのだから、一時的な目の前のことなんかに苦しみ過ぎなくていい。
 どんなマイナスもあとでひっくり返せば、全部プラスになるんだから。

 今は君が病気にならないように、怪我をしないように、伸び伸びと人生を楽しめるようにサポートすることがパパとママの生活の中心になっているけど、これも無常で、ずっとは続かないことだと理解している。
 この先、どんな未来が待ち受けているだろう。
 まだまだパパの人生は始まったばかりだからね。
 まだまだ変化していくし、進化していくし、君とママを巻き込んで幸せになっていく。

 パパの人生は28歳から始まったけど、遅いように思えて、実は早いのかもしれない。
「子育てを終えてから人生が始まった」と言うおばさん、「会社を退職してから人生が始まった」と言うおじさん、本当に沢山いるからね。
 これってつまり、Sさんの言葉を借りれば「心を叶えて生きているか」がポイントなんだと思う。
 家族のためにでも会社のためにでもない、心を叶えるために生きていれば、人生は一気に輝き出す。
 だから君もぜひ、心を叶えて生きていってほしい。
 そうすればきっと、今日からでも君は君の人生を歩んでいけるから。
 心を叶えて生きていこう!

おしまい