14 チベット仏教を教わって価値観や考え方がガラリと変わった話(後編)

 チベット仏教と言えばノーベル平和賞の「ダライ・ラマ法王」が有名で、パパも仏教についてなんの知識もない頃から世界の偉人として知っていた。
 そのダライ・ラマ法王の半生を描いた「クンドゥン」や、中国に侵略される前の若き日の姿を描いた「セブン・イヤーズ・イン・チベット」など、レンタルショップでDVDを借りてきてKと一緒に見たり、沢山あるその著書を読んだりしていた。
 他にもソギャル・リンポチェやナムカイ・ノルブ・リンポチェなど、別のチベット仏教の高僧の著書も読み、奥深い世界の、その雰囲気に浸っていた。
「怒りの癒し方」とか「思いやりの持ち方」のような分かりやすいテイストの本はスラスラと読めるけど、「チベット仏教の瞑想方法」とか少し専門的な内容になると翻訳がおかしいのか、元々の表現がおかしいのか、一部難解を通り越して破綻している文章も数多く見られて、わけのわからないものも沢山あった。
 それでも読めば読んだなりに面白い表現や発見があり、飽きずに何冊もAmazonで取り寄せては一人の部屋で読み続けていた。

 来日したダライ・ラマ法王の講演も見に行った。
 中国に侵略されて大切な人たちを大虐殺されながらも、平和、非暴力を訴え続け、80歳を超えても世界中を回って法話を行っているダライ・ラマ法王の姿を目の当たりにし、同じ人間でもここまで強く、優しく、気高くなれるものなのかと、人間の可能性を感じた。
 また、1900年に日本人で初めてチベットに入国した「河口慧海」というお坊さんの書いた「チベット旅行記」という本にも多いに影響を受けた。
 ネットで検索すればタダで読めるので、ぜひ君にも読んでみてほしい。
 命がいくつあっても足りないような危機を何度も何度も乗り越えて、ついに前人未到の地に辿り着く大冒険。
 不思議体験もいっぱいあって面白いし、何よりチベットの仏典を持ち帰るという大いなる使命の前には、たとえ誰になんと言われようと、どんな困難が立ちはだかろうと決して諦めないという鋼のような意志を持った慧海先生が最高にカッコよくて胸が熱くなった。

 「チベット」をキーワードに、未知の刺激がガンガンに押し寄せてくる。
 やがて月に一度のペースでA先生から本格的なチベット仏教のお勉強を教えてもらえる授業もスタートしたが、こちらも欠かさずにKと一緒に出席するようになった。
 慧海先生が人生を賭けて手に入れようとしたチベットに伝わる教えを、人生を賭けてインドで学んできたA先生を通して、何もしていないパパが教えてもらっている。
 これって凄く幸福な時間をいただいていることだなと思い、ツボかお札ぐらい買ってA先生の活動を支援しなければと思ったけど、売っていなかった。

 ――振り返ってみれば、ものの考え方や生き方など、誰も教えてくれなかったことについて改めて学び直していたこの頃。
 まだまだこんなにも学ぶことがあったのかと、何もわかっていなかったんだなと、知的好奇心、探求心が刺激されることにワクワクしながら、その一方で自分の器の小ささや愚かさを深く思い知った時期でもあった。

 ところで、歳を取ると身体の機能が衰えてくるとか、物忘れが激しくなるとか、美しくなくなるとか、マイナスなことばかりが多いように感じられるけど、脳は30代からがいいらしい。
 これも飯野賢治さんに紹介された本だけど、脳科学者の「池谷裕二」さんとコピーライターの「糸井重里」さんの本「海馬 脳は疲れない」によると、『30歳を過ぎてから頭は爆発的によくなる』と書いてあった。
 だからか、凄く学ぶことが楽しいし、一つの知識を得るとそれに関連付いてありとあらゆるものの見え方が変わってきて、世界の見え方がどんどん変わっていくことに夢中になっていた。
 こういったことを何も知らずに、途中リタイアしないで良かったなと、毎度のことながら切々と思った。

 ――余談。
 Sさんにオススメされて、九州の高千穂峰に一人旅をしに行ったときのこと。
 ここは山頂に天の逆鉾(あまのさかほこ)という神が突き刺した矛が現存しているという、まるでファンタジーの世界に出て来そうな山で、神が降り立ったという伝説のあるところ。
 登山中、同じペースで登っていた見ず知らずの女性と「大変ですね」、「もう少しですね」と声を掛け合っているうちに会話が弾んできて「どこからいらしたんですか?」とか、いろいろとお話をするようになった。
 山頂につくとその人は天の逆鉾の前で目をつぶり、ジッと何かを噛みしめるようにしながら何かを唱えたり、天を仰いだりしていた。
 あとでうかがうと、この人もちょっと能力のある方だそうで、「天からここにもの凄いエネルギーが降りてきているのを感じる」と言っていた。
 一緒に記念写真を撮り、下山をすると、タクシーを呼ぼうとしていたパパに「私のレンタカーに乗っていきますか?」と声を掛けてくれ、駅まで送ってくれた。
 車の中で会話をしていると、まさにパパがそのときに著書を読んでいたソギャル・リンポチェのセミナーに参加したことがあるとか、チベット仏教の、それもA先生の宗派であるニンマ派の勉強をされてきたという話をされていて、驚いた。
 連絡先を交換し、後日記念写真を添付したお礼のメールを送ると、実は彼女はパパと一緒にいる間中、パパの声や喋り方が、既に亡くなられている彼女の好きだったスピリチュアル系のアーティストに似ていて驚いていたとのことだった。
 どうしたらこんなにも複雑に入り組んだ偶然が起きるんだろう。
 この時期は本当に、驚くことばかりだった。