10 帰ってきた青春時代! 初恋レベルの情熱で片思いをした話(後編)

 職場では向かいの席に座っているママ。
 毎日その顔を見る度に、心は『好きだ』と叫んでいた。
 この思いを伝えたくてたまらなくなるけど、同じ職場の人だし、好意を伝えることで今の関係が壊れてしまうのはママにとってはとても迷惑なことだろうし……なんとも煮え切らない、悶々とした日々を過ごしていた。
 そんなときにまたSさんに会う機会があったので、パパは思い切ってこの思いをどうするべきかをうかがってみた。
「……うーん……彼女はまだまだ辛いことを沢山経験しなきゃいけない未来が見える方ですから、恋人のような距離で付き合おうとするとパパコロさん自身が苦しむことになりますよ。せっかく心の声を聞けるようになって、自由な生活環境も手にして、人生これからというときにわざわざそういう方に飛びつかなくてもいいんじゃないでしょうか。それに、彼女はパパコロさんのことを初めてできた信頼できる異性の友人のように思っているようですから、全く恋愛対象としての興味は持っていないと思いますよ」
 言葉を選びながら伝えてくれたけど、要は「やめておけ」ということ。
 凄くガッカリしたけど、Sさんの言葉はもうパパの中では絶対になっていたから、これも運命だと思って諦めようと思った。
「大丈夫ですよ、また直ぐにいい人に巡り会えますから」
 Sさんのあたたかい言葉を胸に、心に言い聞かせた。
『傷つく前に終わって、良かったじゃないか』
『何も悲しむことはない。仕事もやりづらくなるし、彼女のためにもこんな気持ちを持っていちゃいけない』
『サッパリ忘れて、人生をもっと楽しもう!』
 ――そんな風に言い聞かせても、心は全く言うことをきかなかった。
『イヤだ! 彼女じゃなきゃダメなんだ!』
 聞き分けのなさに苛立つけど、ここで心を無視してしまえば、過去と同じあやまちを繰り返すことになる。
 そう思ったパパはひたすらに「好きだ好きだ」とうるさい心の声に耳を傾け、諦めるように優しく説得し続けていたんだけど、どうしようもなかった。
 ――それからまた三か月が経ち、再びSさんに会った。
 心の声を聞くことにほとほと疲れ果てていたパパは、Sさんに言った。
「前回、せっかく彼女は諦めた方がいいとアドバイスいただいたのに、心が全く言うことを聞いてくれなくて辛いんです……。心を無視することなく、この強い執着心を消す方法って何かないものでしょうか……?」
 気恥ずかしさもあってちょっと大袈裟なぐらい悲痛な感じで訴えたのに、Sさんはニコニコとしていた。
「あはは、それは素晴らしいことじゃないですか。パパコロさんが成長している証拠ですよ」
 そして、真面目な顔になって続けた。
「自分の心が求めていることを、無理に抑えつける必要なんてありませんよ。たとえ僕のような存在に何を言われようとも、世界一偉い人に命令されたとしても、心が受け入れたくないことを、無理に受け入れる必要なんてないんです」
 不愉快な顔をされたり、嘲笑されたらどうしようかと思っていたけど、やはりSさんはそんな人じゃなかった。
 それどころか、パパの心をパパ自身よりも尊重してくれている。
「そんなに好きなら、その気持ちを彼女に伝えなきゃいけませんね」
「え?」
 突然投げ掛けられた言葉に、一瞬呆気に取られた。
「……いやいや、彼女は諦めた方がいいって言われたのはSさんじゃないですか。辛い未来が見える人だし、向こうは僕のことを全く恋愛対象だと思っていないって……」
「そうですね。しかし、今パパコロさんにとって一番大切なのは、心の中にあるものを勇気を出して外に出すことなんです。もう無視をしたり押し付けたりしない、誰に何を言われても叶えてやるぞと、心に見せつけてあげましょう」
「それはつまり、振られても気持ちを伝えた方がいいと言うことですか?」
「その通りです」
 Sさんは真っ直ぐにパパを見て言った。
「……いや、しかし、彼女は僕のことを信頼できる異性の友人だと思っていると言っていたじゃないですか。そんな相手から『好きだ』と言われたら、裏切られたと感じてショックだと思いますし、ずっと顔を見合わせて仕事をしていますから、彼女自身の職場での居心地が悪くなってしまうと思いますし……」
 そんなことをうだうだと言っているパパに、Sさんは突き放すように言った。
「パパコロさんはなんのために生きているんですか?」
「……」
「心を叶えるために生きなくてどうするんですか?」
 この言葉にはガツンと来た。
 そうだ、Sさんの言う通りだった。
 パパはいい人になりたくて生きているわけじゃなかった。
 お金を稼ぐためにでも、長生きをするためにでもなかった。
 会社を辞めて出雲に行ったときもそう、家を出て一人暮らしを始めたときもそう、生きてて良かったと思えるときは、いつも心と一緒になって喜んでいるときだった。
 心を叶えて、生きていたい。

 ――数日後の仕事帰り。
 パパはママを小綺麗な居酒屋へ誘い、想いを伝えた。
「君のことが好きになりました。付き合ってください」
 結果は、やはり恋愛対象には見られないということで玉砕に終わった。
 だけどママはとても優しくて、迷惑そうな素振りも見せずに真っ正面から受け止め、「嬉しかったよ」と笑ってくれた。
 断らせてしまった罪悪感も、失恋の悲しみも胸にあったけど、同時にもの凄く爽快な気分もしていた。
 言えた。
 ずっと抱えていた想いを伝えられた。
 一人で帰る道すがら、ふと、初恋のFさんのことを思い出した。
 いつからか恥ずかしい思い出にしか思えなくなっていたけど、あの最高にカッコ悪い告白をしたときも、確かこんな風に心は喜んでいた。
 それにしても、今日は真っ直ぐに告白することができた。
 敬語にも早口にもニヤケ顔にもならず、我ながらスマートに言えた気がする。
 あのとき抱えたコンプレックスは、この日、この壁を乗り越えるためにあったのだと思うと、意味のある失態だったと感じた。
 ――ママとはその日以降、さすがに二人きりでランチに行ったり飲みに行ったりはしなくなったけど、職場ではこれまで通りに接することができていた。
 本当はまだまだ諦め切れなくて好きで好きでたまらなかったけど、一切そんな気持ちを感じさせないように、プレッシャーを与えないように細心の注意を払って徹底した。
 切なく、苦しい日々は続いた。
 振り返ってみれば完全に青春時代。
 29歳にしてこんなにも純な、青臭い恋愛をするなんて思ってもみなかった。