08 一人暮らしを始めたらキラッキラに毎日が輝きだした話(後編)

 言われた瞬間、ぶわっと全身に鳥肌が立つような感覚があった。
「え? あ……本当ですか?」
 適当な返事をしながら、自分自身が一番よく分かっていた。
 そうだ、そうだよ!
 ずっと僕は家を出たかったんだ!
 叫び声が聞こえてくると同時に、嬉しくて嬉しくてたまらなくなってきた。
 身体中に溢れてくる興奮を悟られないよう平静を装っているパパに、Sさんは哀れむような顔をして言った。
「ずっと心を押し殺して生きてきた方だから、その声がまだ素直に聞けないんでしょうね。だけど、そうやって心を無視し続けていたら、また以前と同じように身体がおかしくなってしまいますよ」
 Sさんによれば、病院に行っても原因不明なのに咳が止まらないとか、足が動かないとか、心の声を無視しているといろいろな形で身体に問題が出てくることがあるそうだ。
「心の声を無視して生きている方って本当に多いんです。どんなに聞くのが辛くても、その声を聞いてあげられるのはご自身だけなのですから、丁寧に丁寧に聞いてあげないといけませんよ。たとえ実現できない願いばかりを叫んでいたとしても、面倒くさがらずに聞いてあげること。そうしていると、不思議と心も目の前の現実を肯定的に受け入れようとしてくれるようになるんです」
 そう言われて思い出すのは、前の会社にいた頃のこと。
『忍耐力が足りない! 我慢が足りない! 甘えるな!』
 そんな言葉をずっと自分に言い聞かせ、毎日『イヤだ! イヤだ!!』と泣き叫んでいる、聞き分けのない心を無視していた。
 そうしていたら、どんどんと身体がおかしくなっていった。
 ――Sさんと別れた帰り道、心に問いかけてみた。
 本当に僕は家を出たいのだろうか?
『出たい!』
 とびきり大きく、強い声が返ってきた。
 確かにこのとき、新しく働きだした職場は実家から短時間の間に三路線も乗り換える必要がある、非常に移動が煩わしい場所にあった。
 当然一本目の電車が遅れると二本目、三本目に影響するということが頻繁にあったし、せっかく早く出社したつもりが三本目で人身事故が発生して遅刻してしまったこともあった。
 そんな状況にあったにも関わらず、どういうわけか「会社の近くに住みたい」とか、「家を出たい」なんてこと、一度たりとも頭に思い浮かんだことはなかった。
 逆に日常的に意識していたのは、『頻繁に乗り換えがあるのは新鮮だ』とか、『前の会社より通勤時間が短くてありがたい』とか、我慢や忍耐を促す言葉ばかり。
 実家の中でも、『心配を掛けてしまったから』なんて言って、入った給料で父にも母にも姉にも高価なプレゼントを贈ったりして、前の会社にいた頃と同じようにいい子を再演し始めていた。
 Sさんの一言をきっかけに、また心を無視して生きようとしていた自分に気付いた。
 もういい加減、こんな生き方を変えたい。
 もっと自由に生きたい。
 ちょっと家を出て、一人暮らしをする自分を想像してみた。
 朝も一人、夜も一人、休日も一人………なんて楽しそうな日々なんだろう!
 何もかも果てしなく自由。
 それは何事にも代えられない、最高に魅力的なものだった。
 ――それからのパパは、暇さえあればネットで一人暮らしの情報を検索するようになった。
 休日は不動産屋を巡り、物件を見学して回った。
 心が求めていることって凄い。
 非常に面倒くさいことなのに、ワクワクしてばかりで全く苦にはならなかった。

 ――翌年の一月。
 ついに物件が決まった。
 内装も外装も滅茶苦茶カッコいい、オートロック付き新築マンションの角部屋。
 職場に近く、実家からも遠すぎない、まさに理想的な場所だった。
 早く契約しないと直ぐに売れてしまうと不動産屋に脅されていたので、家具や引っ越し道具を入れる前に入居日が来た。
 仕事帰りに、何もない部屋に立ち寄ってフローリングの床に寝転んだこと数回。
 こんなカッコいいところから全く新しい生活が始まるんだと思うと、部屋への感謝と愛着が止まらなかった。
 家具や小物を選び、部屋に配置していくのも本当に楽しかった。
 ベッド、ソファー、冷蔵庫、洗濯機、まな板、包丁、食器まで、お財布と相談しつつできる限り好きなデザインのもので埋め尽くしていく。
 出掛けた先で普段は入ることのなかったお店で変なマグカップや箸置きを買ったり、怪しげなお店で奇怪なカーテンや絨毯を選んだり、これまで無縁だった世界とどんどん繋がっていくし、色々なアイテムの様々な知識が怒濤のように頭の中に流れ込んできて、超絶楽しい刺激に満ち溢れた日々だった。
 そんなことをやりながら始まった一人きりの生活は、もう最高の一言だった。
 朝起きたら自由。
 仕事から帰ってきたらまた自由。
 いつ何をしても誰にも何も言われない、圧倒的な解放感に満たされた素晴らしい世界がそこにはあった。
 四六時中引きこもりの姉から一挙手一投足を監視されて絡まれることも、父と母の間を取り持つように気を遣い続ける必要もない。
 見るもの全てが違って見えた。
 毎日が楽しくて楽しくてしょうがなかった。
 今のパパだったら君とママがいない世界なんて寂しくて耐えられないけど、この頃はただ果てしない自由に夢中になっていた。
 ――本当に、人生を途中でリタイアしないで良かったとしみじみと思った。
 辛く息苦しい日々をただひたすらに耐え続けていたあの頃。
 あんなところで潰れてしまって、こんなにも楽しい日々を経験しないで死んでしまっていたら、あまりにも勿体なかったからね。
 29歳にしてこんなにも楽しい日々が訪れるなんて、思いもしなかった。
 日々を満喫していく中で、毎日少しずつ少しずつ、実家がパパにとっていかに苦しみに満ちた環境だったのかということをより深く理解できるようになっていった。
 職場で心を無視し、家の中で心を無視し、あの日々がどうしてあんなにも辛く息苦しかったのかが見えてきて、自分自身に申し訳なくなってきた。
 ごめんよ心、もう無視をしない。
 新生活のテーマが決まった。
 それは、「心を無視しないで生きていく」ということだった。