07 一人暮らしを始めたらキラッキラに毎日が輝きだした話(前編)

 出雲から帰ると、パパは直ぐに就職活動を始めた。
 複数の就職支援会社に登録し、沢山の求人に目を通した。
 だけど、なかなか興味を持てる仕事は見つからず、応募したところは書類選考で落とされ、前に進めない状況が続いていた。
 離職期間が長引けば長引くほど、働く意志のない人間と見なされて就職は困難になっていく。
 気持ちはどんどん焦っていくけど、時間だけが過ぎて何もできない。
 そんな鬱屈とした状態のまま年を越し、一月を迎えた。
 転換期と言われた28歳の誕生日を過ぎても状況は一向に変わらず、焦りはピークに達していた。
 そんな状況の中、出雲の旅の前に会って以来、五か月ぶりにSさんに会った。
 開口一番、仕事が決まらずに焦っていることを伝えると、Sさんはいつものように優しい声で言った。
「春には働いていますから心配いりませんよ。リラックスして、ここでいいかなと感じるところに応募するといいですよ。そこに決まりますから」
 確信しているかのように言ってもらえたけど、完全に自信を喪失していたのでにわかには信じることができなかった。
 だけど、嬉しかった。
 家の中でも肩身の狭い思いをしていたし、友人たちにも合わせる顔がなかったので、この頃は本当にSさんだけがパパの心の支えだったから。
「それより、前回お会いしてから今日までの間で何かされましたか? もの凄いお力を感じるんですが」
 突然興味津々といった様子で尋ねられたけど、思い至ることと言えばあの旅のことだけだった。
 パパは前回会ったときに奨めてもらった出雲の旅に行ったこと、お陰さまで時間を掛けて巡礼コースを全部回ることができたことを伝えた。
「あぁ、そういうことだったんですね」
 Sさんは納得したように大きく頷いた。
「巡礼を達成されたご利益やお加持をとても感じます。こういう状態のときには本当に何をやっても上手くいくんですよ。絶対に大丈夫ですから、安心して結構ですよ。普通にスーツを着ている姿が見えますから」
「あはは、そんなに上手くいきますかねぇ……」
 力なく答えながら、パパはまたしても感激していた。
 どうしてこんなにも強く言ってくれるんだろう。
「絶対に大丈夫」だなんて言って、ダメだったらどうするんだ。
 ハズレてしまえば自らの信用を失うのに、逆恨みをしたパパが「嘘つきだ」とか「詐欺師だ」とか悪い噂をネット上にばらまくとも限らないのに、この人はなんのリスクも顧みずに全力でパパを元気付けようとしてくれている。
 一切の保身も考えずに向き合ってくれる、こんなにもズルくない大人に出会えたのは生まれて初めてだったのかもしれない。
「それにしても、パパコロさん出雲では本当にいい旅ができたみたいですね。特に須佐神社の神様が呼んでくださっていたようですね。その道中に何がありましたか? 女神を感じますから、女性と何かありましたよね?」
 そう言われて思い浮かんだのは、須佐神社へ向かう朝のこと。
 そこへは出雲市駅からバスで40分かけて「須佐バス停」まで行き、さらにタクシーに乗って行かなくてはならないのだけど、バスを降りるときパパのほかにもう一名、綺麗な女性も降車していた。
 当然、彼女も須佐神社に向かうのだろうけど、タクシー乗り場には一台しかタクシーがおらず、パパが乗れば彼女が、彼女が乗ればパパが、その場で次のタクシーがやってくるのを待つことになるという状況だった。
 ほぼ同着で乗り場に来たのに、自分の方が先だと主張するのもみっともないし、かといって老人でもない見ず知らずの人にお先にどうぞとかいうのも変だし……とかなんとか一瞬対応を迷っていたら、女性の方から「相乗りしませんか?」と声を掛けられた。
 そうしてパパはその綺麗な女性と一緒にタクシーに乗って須佐神社へ向かい、一緒に参拝し、境内を散策した。
 会話が弾み、とても楽しい時間を過ごさせてもらった。
 帰りも一緒にタクシーに乗って、バスに乗って、出雲市駅で別れた。
 見ず知らずの美しい女性から声を掛けられてデートのような体験をするなんて、怪しげな勧誘を受けまくっていた頃にしかなかったことだから、とても嬉しかった。
 心にふわっと爽やかな風が吹いた、そのとき限りの素敵な思い出だった。
 ――旅の途中、女性と関わったタイミングなんてこのときだけなのに、なんでSさんにはそれが感じられてしまうんだろうか。
「それと、険しい山の中にあるお寺に行く途中で、相当な修行をされたみたいですね。千手観音がお試しになられていたようですよ。山を登っていく姿をずっと見られていたようです」
 そう言われて思い至るのは、勿論あの鰐淵寺。本尊は千手観音。
 意図せず登山をすることになったなんて、一言も言っていないのに。
「ではまた、仕事が決まったら教えてくださいね」
 そう言って笑顔で別れた数日後、突然出てきた、まさに「ここでいいかな」と感じる程度の求人に応募したところ、三月の初めに内定をもらい、春から新しい職場で働きだすことが決まった。
 これまでもずっと驚きだったけど、流石に今回は尋常じゃない。
 あまりにも呆気なく、Sさんに言われた通りの展開になってしまった。
 新しい会社の初日。
 久しぶりにスーツに袖を通し、革靴を履き、会社へ向かった。
 この期間に体調も改善し、少し不安だったけど腹痛に襲われることもなく出社することができた。
 午前中は挨拶と説明で終わり、午後から即業務が始まった。
 ――帰りの電車内。
 窓に映るスーツを着た自分の姿が、とても不思議だった。
 またサラリーマンになっている。
 Sさんが見えている未来とは、一体なんなんだろうか。
「夜にそびえる不安の塔」の中でも、確かこんなシーンがあったように思う。
 運命とは、人生とは、あらかじめ筋書きが決まっているものなのだろうか。
 ――とにかく新しい職場に慣れようと懸命になっているうちに、あっという間にまた三か月のときが過ぎた。
 夏に差し掛かる頃、再びSさんと向かい合い、再就職ができたことのお礼と、言われた通りに未来が進むことが恐ろしく感じたと、素直な気持ちを伝えた。
「未来が見えると言っても、それはご自身の生き方次第でいくらでも変わってしまうものですからね。別に僕が何かをしたわけではなく、パパコロさんが頑張ったから、その当然の結果が出ただけなんですよ」
 きっと、こんなことを言ってくるお客さんなんていっぱいいるんだろう。
 本当に何事もないことのように、Sさんはニコニコと笑っているだけだった。
「ところで、パパコロさんはちゃんと自分の心の声を聴いていますか?」
「え? なんでですか?」
 不意に思いもしない問いを投げ掛けられ、焦った。
「いえ、今日会ったときからずっと聞こえてくる声があるんですけど……ご自身で分かりませんか?」
「え? 全く分からないです。教えてください」
 とぼけるわけでもなく、しっかりと自分の心に聞いてみようとしても、本当に思い当たることがなかった。
「本当に聞こえませんか? 凄く言ってますよ。『家を出たい』って」