06 何も見えなかったので本物の占い師を探しだして未来を見てもらおうとした話(後編)

 退職を決意する前から予約していたことだったけど、万葉さんは関西の方で関東に来るのは不定期だったし、Sさんは数か月の予約待ちが当たり前の方だったので、この自分が大きな決断をしたタイミングで二人と会えるなんて、とても心強く、有り難かった。
 先に会えたのは、万葉さんだった。
「あと先考えずに退職願を出したものの、直ぐに転職活動をすべきでしょうか? それとも少し休んで、どこか一人で旅行をしたりして、考える時間を持ってもいいでしょうか?」
 パパの質問に頷きながら、万葉さんはクールに答える。
「旅行はどこへ行きたいんですか?」
 咄嗟に頭に浮かんだのは、万葉さんの著者で見た「出雲大社」だった。
「とくに決めてないですけど……たとえば出雲大社とか、そっちの方ですかね」
「わかりました」
 万葉さんは頷くと、タロットカードを切り始めた。
 並べられたカードを一枚一枚めくりながら、万葉さんは声をあげた。
「お、いいですね、凄いですね」
 何やら好調なカードが連発しているらしい。
「うん、なるほど、素晴らしい」
 最後の一枚をめくり終えると、万葉さんは言った。
「君ね、これは絶対に出雲に行くべきですよ」
 何かを確信しているように、強く言ってくれた。
「何かいい感じに見えているんですか?」
「そうですね、神様に呼ばれているんじゃないかと思うぐらいですよ。これはきっと人生が変わるような、凄くいい旅になりますよ」
 当時のパパは自尊心が地の底まで落ち切っていたので、万葉さんに力強く背中を押してもらえて本当に嬉しかった。
 その場で適当に言ったつもりだったけど、旅に行くならもう絶対に出雲を目指そうと心に誓った。

 数日後、続いてお会いしたSさんにも出雲への旅は太鼓判を押してもらった。
「転職活動なんてしている場合じゃない、これは絶対に行った方がいいですよ」
 そして、とても優しい声でこう言った。
「これまで本当につらかったですね。よく生きてきましたね。だけど、これでもう大丈夫ですよ」
 丁度その日の朝、父親と退職について揉めたこともあり、あたたかいSさんの言葉に不覚にも泣いてしまった。

 幼い頃から家族に無関心で、話し掛けても無視をする父。
 自分まで引きこもりの姉のようになったら両親が可哀想だと思い、五年間歯をくいしばって働いてきたのに。
 姉が嘘の自殺をほのめかして両親を傷つけるから、死なないで我慢してきたのに。
 自分がどれだけ家族に対して尽くしてきたか、守ってきたつもりでいたか、何一つ、父親に伝わってはいなかった。
 それに同調する母親も、いつも心配そうな顔をしているだけで何も理解していなかった。
 苦痛に耐え続けた日々は、何もかも無駄だった。
 圧倒的な屈辱と絶望を前にして、頭がおかしくなりそうだった。
「次の仕事も決めずに退職をするなんて、何を考えているんだ! そんな甘い考え方をしている人間が社会で通用すると思っているのか!」
 誰もが言う、誰にでも当てはまる一般論を並べ立てて一方的に怒鳴り続けている父親の姿を見ていると、どれだけ父親が自分に関心がなかったのか、愛していなかったのか、繰り返し言われているように感じた。
『お前のことなんて何も見ていないし、見たくもない』
『お前のことなんて何も知らないし、知りたくもない』
『お前のことなんてどうでもいい』
 握り締めていた拳が震え出して、止まらなくなったきた。
「……俺は今まで一体なんのために、なんのために……!」
 言い返そうとした瞬間、身体の奥底から声が溢れ出て、止まらなくなった。
「ああああ! ああああ! あああああ! あーーーー!」
 喉を裂いて噴き上がった慟哭。
 自分自身が驚き、戸惑うけど、止めようとしても止まらない。
 口を押さえても止まらないので、なんとかしようと、その場に土下座するような格好でうずくまった。
「ああああああああ! ああああああああ! ああああああああ!」
 それでも一向におさまらず叫び続けると、やがて息継ぎができなくなり、子供のようにヒックヒックと過呼吸になることでようやく止まった。
 やっとの思いで顔を上げると、両親がドン引きしていた。
 ――そんなキチガイじみた出来事が今朝あったことを打ち明けると、Sさんは大声で笑い飛ばしてくれた。
「あはは、それは大変でしたね。ずっと閉じ込めて押し殺していた、子供のままの心が出てきたんでしょう。だからそんな『子供泣き』になってしまったんでしょうね」
 自分では本当に情けなく、恥ずかしい話をカミングアウトしたつもりだったのに、Sさんに受け止めてもらえて救われた。
「子供の頃からずっと我慢していたんでしょう。本気で泣いてみせてやって、それは本当に良かったことですよ。パパコロさんの意識では後悔していらっしゃるかもしれませんが、パパコロさん自身の心は『やったぜ!』と喜んでいますよ。傷つきもしたし、泣きもしたけど、ほら、胸の奥がスッキリとしているでしょう?」
 そう言われて胸の内を深く感じてみようとすると、確かに詰まっていたものが取れて心地よい風が通っているような感じもした。
「仕事は来年になったら見つかりますから、心配しないでどうぞゆっくりと出雲に行ってきてください。どうせ行くなら時間をかけて、巡礼コースが最近できたそうですから、そこを回られるのも良いかと思いますよ」

 Sさんのマンションから出ると、再び涙が熱く込み上げてきた。
 それは両親の前で込み上げてきた屈辱と絶望の涙ではなく、感動と感謝の涙だった。
 占いを信じる人は馬鹿だとか、占い師なんて嘘つきの詐欺師だという人たちがいる。
 自分自身、あの本に出会うまではずっとそう思っていた。
 全てがまやかしで、まともな仕事ができない人たちが商売のためにやっているものだと本気で思っていた。
 だけどこのとき、この瞬間、パパのことを理解してくれるのは、パパの味方でいてくれるのは、占い師の方々だけだった。
 彼らに熱狂し、心酔する一方で、自分が危ない状況になっているのも気付いていた。
 完全に依存し始めている。
 だけどもう、どんなに騙されたっていいと思った。
 だって、他に信じられる人なんてどこにもいないのだから。
 世界がひっくり返り、ここ以外の全ての方がまやかしに見えていた。
 そうして旅立った出雲の旅。
 本当に、世界が変わった。