05 何も見えなかったので本物の占い師を探しだして未来を見てもらおうとした話(中編)

『君の未来は、何かきっと面白いことになると思います。だけど今はまだ、待つべきですね。転換期はまだ先。もう少ししたら流れが変わってくるんじゃないですか? 仕事を辞めるとか、今は動くべき時期じゃありませんね』
 タロットカードを見ながら真剣に言葉を紡ぎだしてくれている万葉さんを見つめながら、『本当かよ』って思っていた。
 この体験はかなりショックだった。
 本物と呼ばれる占い師に会えたとしても、信じられなければ、信じようとしなければ何の意味もない。
 自分が信じたいことしか信じようとしない、自分自身にも苛立った。
 どうしたものかとあれこれと考えた結果、ここでまた、パパは一つ目標を立てた。
 セカンド・オピニオンという言葉があるように、万葉さんに加えてあともう一人だけ本物の占い師を探そう。
 二人の本物と呼ばれる占い師が同じことを言ったのなら、そのときはどんなに抽象的なことを言われようとも、自分が信じたくない言葉を言われようとも信じてみようと。
 ――そう心に決めて間もなく、新橋のキャバクラで、キャストのお姉さんから「Sさん」という人物を教えてもらった。
 Sさんは紹介制でしか会うことができない予約は三か月待ちのスーパー占い師で、何も言わなくてもなんでも見抜いてしまい、過去も未来も言い当ててしまう神様のような人なんだとか。
 連絡先を教わり、予約を入れて待つこと三か月。
 Sさんに会う日がやってきた。
 案内された場所は、高級感溢れるタワーマンションの一室。
 夜の女性の紹介ということもあり、反社の方かも知れないと気を引き締めて向かったけど、出てきたのは物腰の柔らかい、とても優しそうな男性だった。
 そうして始まった占いの時間。
 Sさんはこれまでに会った占い師の方々とは本当に別格だった。
 検証と防犯のために音声を隠し録りしてのぞんだけど、録音したデータを後で何度聞き返しても、どうして何も話してもいないのにこんなにも見抜かれているのかと驚くことばかりだった。
 なんて凄い人だろう、この人こそ、本当に本物だ!
 ボクサーがアゴに入った一発のパンチで崩れ落ちるように、あんなにも猜疑心の強かったパパがスコーンと落ちてしまった。
 未来のことについて尋ねると、『面白い未来が待っていると思いますが、今はまだ見えてこないですね。今は辛い時期だと思いますが、動くべきではない、仕事を辞めるべきではありませんよ』と、答えは万葉さんと同じだった。
 だけど、もう少し具体的な言葉もくれた。
「パパコロさんの人生が本当の意味で始まるのは28歳からですね。仕事や生き方や価値観など様々なものが変化し、モテ出したり、結婚が見えたり、本当にあらゆることが変わっていきますから。今人生を諦めてしまうのは本当に勿体ないですよ」
 一体何がどこまで見えているのかとゾッとしながらも、「28歳」というリアルな数字が聞けて心の支えができた。
 ――万葉さんとSさん。本物と呼ばれる占い師二人が同じことを言ったらそれは信じようと決めた通り、今は仕事を辞めないで28歳からの転換期を待とうと決めた。
 当時のパパは26歳。
 最初のうちは「あと二年の辛抱だ」と自分に言い聞かせることで少し気楽にやっていけたけど、それが三か月、半年と経つうちにだんだんと辛くなってきた。
 世界は何も変わらない。
 本当にあの二人を信じたままで、何も動かなくていいのだろうか。
 二年待って、どうなる?
 二年先に、何がある?
 何の保証もない。
 本物の占い師を探そうと動き回っていた日々はやはり適度な息抜きになっていたようで、そんなテーマも見失って会社と家の往復だけの日々になると息苦しさは加速していった。
 会社が悪いんじゃない。
 往復三時間は満員電車だけど、別にあわただしい職場ではなく、仕事も自分のペースでこなせて、好きな時間に帰れていた。
 憎しみを感じるような敵もおらず、過度なプレッシャーを与えられることもなく、伸び伸びとやらせてもらっていた。
 それなのに辛く、息苦しくてたまらず、身体中に現れてくる病状はどんどん深刻になってくる。
 特に過敏性腸症候群という病気には一番苦しめられた。
 急激な便意と腹痛が一日の間に何度も何度も襲い掛かってくるようになり、出社時も退社時も、必ず電車を途中下車してトイレに駆け込まなくてはならなくなった。
 その分早く出社しようとしても睡眠障害で夜は眠れず、低血糖と低血圧で朝は起きれず、たまに早く出れたとしても途中下車の回数が増えるだけで、遅刻も頻発するようになってしまった。
 完全にパニックになっていた。
 もう生きているのが辛くて辛くてたまらなかった。
 何の問題もないのに勝手に自滅して、会社にとってはこんな社員、本当に良い迷惑だったと思う。
 それなのに、こんなどうしようもない自分のことを本気で心配してくれる人たちもいたりして、申し訳なくてたまらなかった。
 これはもう流石に辞めないと迷惑だと思っていたところで、所属している部署に組織変更の話が持ち上がった。
 27歳の夏。一月生まれなので言われていた転換期までには五か月ほど足りなかったけど、迷惑を掛け続けた人たちにさらなる迷惑を重ねず、後腐れなく消えるにはこのタイミングしかないと思った。
 誰にも相談せず、次の仕事のことも決めず、あと先を考えずに退職願を出した。
 28歳まで我慢することができなかった。
 だけどもう、限界だった。
 願うことはただ一人になること。
 どこでもいいから、遠くへ行きたかった。
 もう誰にも気を遣いたくない、何も見たくない。
 自分を取り巻いている全てのものから離れ、過去のない人になりたかった。
 この頃のパパは、いつもそんなことばかりを考えていた。
 会社を辞めてどこか遠くへ、長期間の旅に出たい。
 常にごちゃごちゃな頭を時間をかけてゆっくりと整理して、何かきっかけがあれば死んでしまいたかった。
 そんな折、退職願を出してから数日の間に万葉さんとSさんの二人に会える機会があった。