04 何も見えなかったので本物の占い師を探しだして未来を見てもらおうとした話(前編)

 パパは大学を卒業後、直ぐに入った会社を一か月もたたずに辞めてしまったので、次に入る会社では最低でも三年以上は勤めなきゃいけないと思っていた。
 なんの実績も経験もなく、短期間のうちに連続で退職しているなんて履歴書ができてしまえば、もうどこの会社も雇ってくれないと思っていたからね。
 そうしてなんとか雇っていただいた二社目の会社は、一社目と同じでとても辛い職場だった。
 毎日ただ普通にしているだけでも、息苦しくてたまらない。
 なぜ辛いのか、なぜ息苦しいのか。
 心の中を深く見ようともせず、当時のパパはそれを全部自分の弱さや未熟さに原因があるんだと思っていた。
 我慢し続けていれば、何も感じなくなると思いたかったんだよね。
『忍耐力が足りない! 我慢が足りない! 甘えるな!』
 そんな言葉をずっと自分に言い聞かせ、毎日『イヤだ! イヤだ!!』と泣き叫んでいる、聞き分けのない心を無視していた。
 次第に突然声が出なくなったり、片側の耳が聞こえなくなったり、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、蕁麻疹、アトピーなど身体中に沢山の不調が現れてきたものの、逃げられないのだからしょうがない。
 途中一か月半ほど休職し、精神科にも通うようになった。
 どうせ自分らしくなんて生きられないのだから、感性も感受性も必要ない。
 いろんな種類のお薬をもらいながら、早く不要な心がなくなってしまえばいいといつも思っていた。
 ――そんなパパでも、優しい人たちに恵まれたおかげで、なんとか目標としていた三年間を働き抜くことができた。
 刑期が終わり、やっと娑婆に出られるような感慨があったけど、では、どこへ行けばいいのか。
 三年という月日の中で多少は環境に慣れることもできたけど、どんなに耐えても我慢しても、毎日が辛く、息苦しいことは何も変わらなかった。
 この問題を解消したくて心理学や脳科学の本も読み漁ったけど、知識が増えていくだけで何も解消されることはなかった。
 絶望した。
 ああ、きっとどこへ行っても、自分はずっとこのままなんだろう。
 だったら転職なんて考えず、慣れている分だけこの会社にしがみついていた方がいいのかもしれない。
 そんな風にも思ったけど、では、なんのために生きているのか。
 辛く、息苦しいだけの日々をただ生き続けることに、なんの意味があるんだろうか。
 調べてみれば、首を吊って苦しむ時間なんてほんの数秒のことらしい。
 定年まであと四十年以上これが続くというのなら、絶対に自殺した方がお得だ。
 毎日そんなことを真剣に思っていたこの頃、ある一冊の本との出会いがパパの運命を変えた。
「夜にそびえる不安の塔」
 内容は著者の井形慶子さんが「本物」と呼ばれる占い師たちに五年間の潜入取材をするというもの。
 この本をブログで紹介してくれた人が「飯野賢治」さんという当時のパパが世界で一番尊敬していた人だったので、帯に書いてある「渾身のノンフィクション」というフレーズを完全に真に受けた。
 Amazonで注文し、届いた日のうちに夢中になって読み切った。
 本を閉じた直後、久しく感じることのなかった興奮が身体の奥底から湧いてくるのを感じた。
 ――僕も、本物の占い師に会いたい!
 そして、未来はどうなるものか尋ねてみたい!
 もしも何も変わらずにこんな日々が続くと言われたら、そのときは潔く自殺しよう!
 そう思ったパパは、本物の占い師を見つけ出そうと決めた。
 
 初めは占いをしてもらうという体験を手っ取り早く楽しみたくて、デパートの地下やテーマパークにいる占い師など、看板を出して安価でやられている人たちを巡って行った。
 当時は実家暮らしだったこともあり、安月給でも使えるお金には余裕があった。
 三千円、五千円、一万円……ポンポン出していくうちに、お金を使うことに躊躇がなくなっていった。
 そうして何人もの占い師の方々に会ってはみたものの、みんな抽象的なことを言うばかりだし、嘘を混ぜても見抜いてくれないし、本物だと思える人には全く出会えなかった。
 行き当たりばったりで闇雲に探し続けてもダメだと思ったパパは、次に「人づてに紹介してもらう」という形で本物の占い師を探そうと考えた。
 丁度この時期、職場で異動があり、仲良くなったイケメンで遊び人の先輩から合コンや夜のお店などいろんな場所へ誘ってもらえる機会があったので、そうして知り合った様々な人たちに「本物の占い師を知りませんか?」と尋ね回ることにした。
 素性も分からない人たちを相手にそんなことをしていると、「占い師じゃないけど凄い人がいる」とか、「占い師じゃないけど君の求めているものがきっと見つかる」とか、そんなことを言って自己啓発セミナーや宗教団体に誘ってくれる親切な人たちがパパの前に沢山現れるようになった。
「人生を変えたいなら副業だよ」とか、「みんなで幸せになろう」とか言ってネズミ講やマルチ商法を勧めてくださる方々もいた。
 ――今思えば、こんな日々が結構楽しかったんだよね。
 無味乾燥の狭い世界から飛び出て、嘘と出会いに満ちた日々を送るようになった。
 職場と家にいる時間は相変わらず辛く、息苦しくてたまらなかったけど、この「本物の占い師を探す」という目標のために動いている時間だけは充実していた。
 パパは自分がダメな人間だと思って苦しんでいたけど、胡散臭い人たちと接していると、自分は生きていてもいいんだと思える瞬間が何度もあった。
 誰もがどうしようもない戯れ言を、真剣な顔で熱く語る。
 騙されているのか、分かっているのか、どちらにせよパパにはそれが『私は馬鹿です』と胸を張って言っているように見えた。
 必死な目で、声で、ときに涙まで使って、剥き出しの人間らしさにうっとりしていた。
 ファミレスで何時間も囲まれたり、変な宗教団体のビルの説法部屋に連れ込まれたり、そういった非日常的な時間がとても楽しかった。
 パパは絶対的な自分の猜疑心の強さを信じていたからね。
 こういうタイプが一番危ないらしいんだけど、何かを盲信したり、洗脳されたりなんて心配は全くしていなかったから、妙な団体にも平気で乗り込んでいけた。
 しかし、その絶対的な猜疑心の強さが仇となる機会が訪れた。
 それはあの本――「夜にそびえる不安の塔」にも登場していた「万葉さん」を見つけて占ってもらったときのこと。
 ついに本物と呼ばれる占い師に会えたというのに、その占い結果も素直に信じることができなかった。