01 あとさき考えずに会社を辞めて旅に出たら死にかけて生き返った話 (前編)

 パパが高校生の頃に好きだった歌詞に、「十年よりずっと長い一日」というフレーズがあった。
 当時はそれがどんな一日なのか想像もつかなかったけど、パパにもあったよ、そんな一日が。
 それは27歳のとき。
 もうどうしようもなく生きていることが辛くなり、人生を見つめ直そうと思い立ち、五年間勤めた新宿の会社を辞めて旅に出たことがあった。
 目指したのは「出雲國神仏霊場」という、神社とお寺、合わせて二十社寺を回る巡礼コース。
「本物」と呼ばれる二名の占い師の方々から『絶対に行くべきだ』と背中を押してもらい、次の仕事も決めないであと先考えずに飛び出した。

 出発の日。
 渋谷駅から乗り込む初めての夜行バス。
 このときまで一人旅なんて新幹線を使って京都に一泊二日で行ったことしかなかったので、未知なる体験に神経が過敏になっていた。
 結果、目的地の出雲大社に到着するまで11時間、全く眠ることができなかった。
 車内は暑く、乾燥していた。
 0時を回った頃には喉がカラカラになっていたけど、何も飲み物は持っておらず、翌朝5時につくサービスエリアまで耐えるしかなかった。
 消灯された車内では何も見るものがなく、携帯電話でネットを見ても直ぐに気持ち悪くなってしまったので、ひたすら目をつぶっていた。
 真っ暗闇の中で頭を巡るのは、この先どうなるのだろうかという不安ばかり。
『会社を辞めてしまったけど、本当にこれで良かったのだろうか』
 考えれば考えるほど、胃がキリキリと痛んだ。
 当時は過敏性腸症候群という病気を患っていたこともあり、いつ襲ってくるかもわからない突発的な腹痛にも常にビクビクしていた。
 身動きが取れない狭いシートの上で悶々としながら、永遠とも思えるような長い時間、到着のその瞬間を今か今かと脂汗を流しながら待ち続けた。

 ――朝の7時頃、出雲大社に到着。
 バスを出ると、一緒に乗っていた数名の乗客たちはワイワイと声を上げながら真っ直ぐに出雲大社の方へと向かって行った。
 既に体力の限界に達していたパパはちょっと騒がしい彼らとは離れて静かに参拝したいと思い、時間潰しに出雲大社とは別方向への道を少し散策することにした。
 睡眠不足でフラフラの身体に、数日分の着替えが入ったリュックが重くのしかかる。
 少し肌寒いぐらいの凛とした空気の中、ポツポツと降る雨の影響でうっすらと霧が出ていた。
 早朝なのでどこのお店も閉まっているし、人はおらず、鳥の声しか聞こえない。
 ――ただそれだけの何もない景色が、とても新鮮に感じられた。
 数日前まで五年間ずっと、同じ駅の同じ電車に乗り、同じ会社に行って同じ家に帰っていたから。
 あの見飽きた世界とはニオイや空気も全く違う、なんて気持ちのいい場所なんだろう!
 長時間の苦行から解き放たれた解放感も相まって、まだ何も始まっていないのに無性に感激したことを覚えている。
 自販機で水を買った。
 キリリとした水がカラカラの喉に注がれ、全身を潤していく。
 これまでパパの身体を動かしていたくすんだ水は、あの夜行バスの中で全て蒸発した。
 新しく綺麗な水に入れ替わり、ここからは新しいパパだ!
 ――そんな大袈裟なことを思いながら500ミリのペットボトルを直ぐに飲み切り、十分ほど辺りをぶらついた後で出雲大社へ向かった。

 真っ先に目に飛び込んできた大きな鳥居と、巨大な石に刻まれた「出雲大社」の文字にまず感動。
『ついに僕は出雲大社に来たんだ!』
 徹夜明けのテンションもあってか、目に映るもの全てに激しく心が揺さぶられた。
 鳥居をくぐり、木々に囲まれた下り道の参道を抜けると、続いて現れたのは整然とした松並木。
 玉砂利の敷き詰められた壮麗な道を真っ直ぐに進むと、再び現れた鳥居の向こうに大きなしめ縄がかけられた「拝殿」の姿が見えてきた。
 出雲大社独特の作法、「二礼四拍手一礼」で参拝する。
 本殿はこのとき「平成の大遷宮」で工事中だったけど、他にも沢山あるお社を一つ一つ、時間を掛けてゆっくりとお参りして行った。
 清掃の行き届いた広く、美しい境内を回っていると、それだけで心が洗われていくような感じがした。
 最後に社務所で「神仏霊場の巡礼です」と言って御朱印をお願いする。
 出雲國神仏霊場では、巡礼コースにある神社、お寺で御朱印をいただくときにこの一言を言えば「護縁珠」という数珠の一珠が貰える。
 これをスタンプラリーのように集めて大きな数珠を完成させると、最後に「満願の証」という賞状(有料)を貰うことができるという、旅の成果を形にして残したい人間にはとてもありがたいサービスが存在している。
 ――確かな旅の成果を感じ取り、さてと一息をついてもまだ時刻は朝の9時。
 昨夜から何も食べていないので少しガッツリとしたものが食べたかったけど、目に入るのはおそば屋さんばかりだったので、ここでの朝食は見送ることにした。
 次の巡礼地である「鰐淵寺(がくえんじ)」の近くまで行ったら、きっと何かあるに違いない。
 そう考えたパパは電車に乗り、携帯電話の地図アプリで表示された鰐淵寺に最も近い駅、「川跡駅」へと向かった。

 ――降り立った駅の周辺には牛丼屋もマックも喫茶店もなく、コンビニすらなかった。
 都会で生まれ育ったパパは本当に世間知らずで、駅の近くにお店がないなんて想像もしていなかった。
 ガッカリしたのと同時に、寝てないし、空腹だし、荷物は重いしで、身体がやたらとしんどくなってきた。
 ダルい、眠い、疲れた。
 もう歩きたくない。
 そうは思ってもまだ朝の十時ぐらい。
 とりあえず食べるところを探して動くのもしんどいので、参拝をすませてからまた考えようと思った。
 アプリを頼りに鰐淵寺の方向を確認。
 ずっと画面を見て歩くのは疲れるから、一度大雑把に目を通したあとはポケットにしまって歩きだした。
 到着までの予想時間は約30分ほど。
 それすらも面倒臭く感じたけど、平日のこの時間、会社勤めの人たちは今も仕事をしているんだと思うと、多少は辛い思いをしなきゃいけないんだと思っていた。
 しばらく歩くと、「鰐淵寺」と書かれた道標を発見。
 それが指し示す先には、ぽっかりと口を開けて待ち構えているような森が広がっていた。
 小雨が降っている中、こんな舗装されていない道を歩けばスニーカーが汚れると思ったけど、引き返す気力もなかったのでそのまま進んだ。
 ぬかるんだ土に踏み出して直ぐのこと、足下に白い蛇の抜け殻が落ちていた。
『おお! これってなにか縁起のイイヤツだった気がする!!』
 誰かに聞いた迷信を思い出して少しテンションが上がったけど、歩きだして数分後に「この森には蛇が出る」ということに気付き、青ざめた。
 野生の蛇なんて見たこともないから、どう対処していいのか分からない。
 種類も見分け方も知らないけど、猛毒を持っていたらどうしよう。
 こんな恐いところには一分一秒といたくないけど、立ち止まっていたらそれこそガブッとやられそうな気がするので、早足で進むことにした。

 ほどなくして傾斜はどんどんとキツくなり、これが「森」と言うよりは「山」と呼ぶにふさわしい地形であることに気付いた。
 登山なんて学生時代の遠足でしか経験したことがなかったけど、「山を舐めてはいけない」という言葉だけは何かで知っていた。
 そして、徹夜明けで飲み物も持たず、重い荷物を背負ってスニーカーで登山している自分自身が、まさにそんなヤツだということも。
 重い身体を引きずりながら、先の見えない登山が続く。
 もう昼に近い時間なのに、ポツポツと時折泣き出す空のせいで山の中は不気味なほど薄暗く、静かだった。
 すれ違う人の姿はなく、誰の声も聞こえない。
 歩いても歩いても全く景色が変わらないどころか、同じ道をぐるぐると回っているような気までしてきた。
 なんだか非常にマズいことをしている感じがしてきた。
 早くここから抜け出したいのに、運動不足の身体が気持ちについていかず、ダラダラと登り続けているだけでも頻繁に息が上がってしまう。
 両膝に手をついて背中で息をしていると、足だけが別の生き物であるかのようにガクガクと震えているのが分かった。
 山に登るなんて全く想定していなかったので、夜行バスの車内で風邪を引かないようにと少し厚着をしていたのも凶と出た。
 ダボッとした長袖と長ズボンが汗を吸って重く、雨とあいまって内から外から全身びしょ濡れで不快なんてもんじゃなかった。

 そんな状態で、もうどれだけ歩き続けたことだろう。
 もう限界だ。
 どうしてこんなことになってしまったんだ。
 いい加減な情報を垂れ流してきたアプリを確認しようと、携帯電話の画面を再度確認した。
 ――圏外になっていた。