11「利他」

 最後に君にお伝えしたいのは、「利他」だ。
 最初にお伝えした「無常」と同じようにこれも仏教用語で、「他者に利益を与える」という意味。
 なんとなく「他者に利益を与える」なんていうと自分が損をするように感じてしまうかもしれないけど、大丈夫だよ。
 それは近視眼的な損得勘定が見せる罠だ。
 どんなに与えても大丈夫。因果応報の世界なんだから、必ず自分に返ってくるからね。
 実際、この世界で幸せを獲得している人たちって、みんな利他をしている。
 自分以外の他者を気持ち良くさせたり、得を与えたり、何かしらの利益を与えているからこそ、それ相応の報いとして幸せがやってきているんだ。
 美男、美女がたくさんの人に好かれるのもそうだよ。
 美しい人は見ているだけで幸せな気持ちにさせてくれるし、目を潤わせてくれたり、妄想の中でデートの相手役になってくれたり、そこにいるだけで幸せを振り撒いてくれるありがたい存在だからね。
 野菜も家電も、どんな売り物だってそうだよ。
 価格が安かったり、味、機能が優れていたり、消費者をより幸せにした商品が売れていき、幸せを与えられなくなった商品は売れ残っていく。
 家で寝ているだけじゃお金はもらえないけど、他者を幸せにするから給料を手にすることができる。
 コンビニの店員、運送業者、新薬の研究者――どんな職種でも、みんな個人でやったら大変なことを代わりにやって幸せを与えてくれるよね。
 Google、Amazon、APPLEなどの企業も、たくさんのサービスで世界中の人々を幸せにしているから、世界のトップに君臨していられる。
 そもそも僕たち人間の行動原理は気持ち良さにあるのだから、気持ち良さを与えてくれるものにひかれていくのは当然の性質ともいえる。
 だからさ、この世界を幸せに生きる攻略方法があるとすれば、それは「利他」をすることなんだ。
 場合によってはちょっと遅れて来世になっちゃうかもしれないけれど、利他をすれば、他人を幸せにすれば、自分自身も絶対に幸せになれるんだ。
 いっぱい利他をしていこう。

利他と自利

 一つ注意して欲しいのが、自分の好きな人や大切な人たちだけを幸せにしようとすることを利他とはいわない。
 好きな人にプレゼントをするとき、どんなに優しい気持ちでやっても感謝の言葉もなかったらちょっとカチンときてしまうでしょ?
 そんなふうに僕たちは目の前の人に何かをするとき、無意識に自分の気持ち良さを、見返りを求めてしまっている。
 それは自分の利益のために行われることで、利他の反対で「自利」という行為に当たる。
 ――そんなことをいってしまえば、行動原理が気持ち良さにある人間がすることなんて全部自利じゃないかと思うかもしれない。
 本当にそうだよね、パパもそう思う。
 因果応報の世界なのだから、利他をすれば幸せが返ってきてしまうのは避けようもないことだしね。
 だけど『十善戒』の中でお伝えしたように、大切なのは「意図」だ。
 それが自分の幸せになるとしても、自分の利益を求めてすることと他者の幸せを願ってすることは違う。
 だからさ、目の前の誰かだけではなく、不特定多数の他者を幸せにすることを念頭にやっていこう。
 目の前の人を幸せにするのは当然のこととしても、特定のお客さんだけを優遇する店員さんにはならないように、もっとたくさんの人を幸せにするという意図を持って利他をしていこう。

愛すべきものすべてに

 口でいうのは簡単なことだけど、自分にとってなんの関係もない他者を幸せにしようなんて、そんな気持ちはなかなか湧いてこないよね。
 また、何も考えずにこういうことをいっているお花畑な人に限って、自分の意見が否定されると烈火の如く怒ったりするよね。
 そんなわけで、利他の気持ちを想起させるために、ちょっと想像してみて欲しい。
 この世界には明日の食料もままならないような貧困にあえぐ人たちが何十億人もいるというのに、今君がお菓子を食べ、ジュースを飲みながらこれを読める程度に幸福なのは、一体誰のおかげだろうか。
 ――そう、パパのおかげだ。
 パパのおかげだけど、もちろんパパのおかげだけではないよね。
「罪を憎んで人を憎まず、だから自分も憎まず」の中でもお伝えしたように、僕らは自分と直接関わっている人たちだけに目がいきがちだけど、その背景には数え切れないほどたくさんのものが関わっている。
 当然ママのおかげもあるし、平安時代のあの人のおかげもあるし、目に見えない尊い方々のおかげもある。
 もっと想像力を働かせてみよう。
 たとえばある引きこもりの青年が朝、珍しく母親に笑顔を向けて「おはよう」といった。
 母親は少しうれしくなり、パート先のコンビニの仕事をいつも以上の笑顔でこなした。
 気持ちの良い笑顔に元気をもらった人もいれば、劣等感の強い人がより強い自己嫌悪におちいっていたり、表面化せずともお客さんや運送業者の人など、そのコンビニに訪れた人たちみんなが勝手にその母親から影響を受けた。
 その中の一人、無意識にも少しテンションが上がった鈴木さんは、職場の同僚、隣の席の大塚さんに話しかけ、世間話をした。
 会話の流れから子供の話題になり、鈴木さんは持っていた子供の写真を見せてうれしそうに笑った。
 その光景を通りすがりに目にした、昨晩奥さんと不妊治療をするかしないかでもめていた小林さんは、今夜もう一度話し合ってみようと決意した。
 そんな果てしない影響が連続していった結果、その晩アメリカではトムが孫娘にケーキを買って帰ったし、イギリスではリンダが交通事故を起こしていた。
 ――こんな調子でこの世界、冗談抜きでみんながみんな影響し合っているんだ。
 北海道の増田さんも沖縄の我那覇さんも上野のパンダも、君の人生に何も関係がないようでしっかりと関わっている。
 周囲を見回してみて欲しい。
 服もコップもその椅子も、君のそばにあるそれら一つ一つに数え切れない数の人々が関わっている。
 誰のおかげでもない、みんなのおかげだ。
 そんなふうに思えれば、軽く利他をしてあげても良いかなって思えるよね。
 何をしたって恩返しになるんだ。
 愛すべきものすべてに、君も善い影響を与えていってやろう。

幸せでありますように

 では、具体的に利他って何をすればいいのだろうか。
 ここも勘違いしがちなところなので注意してもらいたいんだけど、利他をすることは自己犠牲ではないからね。
 その志は本当に美しくて立派だけど、泳げない人が溺れている人を助けにいっても、死者が一人増えるだけだ。
 利他のために無理にできないことをやったり、やりたくもないことをやったり、自分の大切なものを手放したりする必要は全くない。
 君の周囲にあるもの、一つ一つにたくさんの人たちが関わっているように、間接的にだって他者の利益になることはいくらでもできる。
 大切なのは意図だ。
 利他をしようという気持ちさえあれば、プログラムでも絵でも文章でも音楽でもいい。スポーツでもお笑いでも料理でも、前述の引きこもりの青年のようにその笑顔一つでもいい。
 他者に利益を与えようという意図さえあれば、適材適所で自分ができることをするだけでいい。
 君自身が幸せに、そして君に関わる人たちがもっと幸せになれるように、生きてください。
 難しいことじゃないよ。
 今、0歳の君と一緒にいるだけでパパはもう毎日メロメロに幸せだから。
 君には人を幸せにする才能がある。
 これがその証拠だから。
 いつもありがとう。
 心から感謝しています。
 君の人生が幸せでありますように。