07「現状維持プログラム」

 人間の身体は現状維持をするようにプログラムされている。
 たとえば転んで血を出すようなケガをした瞬間、何も意識していなくても血管は収縮し、血液は凝固し、白血球が活躍して傷が修復されていく。
 空腹時には餓死をしないようお腹を鳴らして合図してくるし、夜には活動し過ぎて身体を壊さぬよう、眠気を発生させて休ませようとしてくる。
 これがあるから僕たちは今日も明日も変わらずに生きていけるとてもありがたい機能なんだけど、新しいことを始めようとするときにはこの現状維持プログラムが必ず足を引っ張ってくる。
 よくある「三日坊主」とは、まさにこれのせいだ。
 初めの三日ぐらいは新しい刺激があってうれしいけど、すぐにやる気がなくなり過去の生活スタイルに戻ってしまう。
 たとえば君がランニングを始めたとする。
 一日目、二日目、三日目までは普通にできていたのだけど、四日目には『疲れている』とか、『忙しい』とか、脳内に勝手にいい訳が次から次へとねつ造されていき、『まぁ今日はやらなくてもいいかな』という思いがしてきて、無事三日坊主の完成となる。
 今までランニングをしないでも安全に生きてこれたけど、毎日ランニングをし続ける生活が安全だという保証はないからね。
 疲労感や筋肉のつき具合に異常を感じた体内では現状維持プログラムが動きだし、ランニングを避けるように意識も乗っ取られ、気がつけば元の生活に戻っている。
 現状を変えたいと思っている人には本当にやっかいなものだ。
 やりたくもない仕事を辞められずに心を病んでしまったり、悪い習慣がやめられずに依存症になってしまったり、本来は自分を守るための現状維持プログラムによって悲惨な状況からも抜け出せなくなってしまう。
 人間の身体って、こういう融通のきかないところが結構あるよね。
 アレルギー反応も、本来は身体を守るために存在している免疫反応が過剰に起こることで自分自身を傷つけてしまう。
 人間って語学もスポーツも芸術も、毎日勉強していれば、運動していれば、楽器に触れていれば、大抵のことはある程度のレベルまでできる身体をしているのにね。
『なんだか気分が乗らない』、『面倒くさい』、そんな言葉と一緒に新しい習慣を定着させないように妨害してくる。
 こういったものが僕らの中に組み込まれていることを理解しておこう。
 そうすれば、三日坊主で終わってしまう自分に対しても『なんて根性がないんだ!』、『どうして続けられないんだ!』と責め立てることもなく、前向きに新しい習慣を身に付けようと試行錯誤できる。
 こんな単純なことを一つ知らないだけでも、人は苦しんでしまう。
 初めはダイエットが続けられなかった、ただそれだけのことなのに、そんな自分のことが大嫌いだと自分自身を罵り続けて鬱を発症。過食嘔吐を繰り返すようになり働けなくなってしまった人をパパは知ってる。
『習慣化するのが一番難しいんだよ。それができるのは凄いことなんだよ』と自分に優しく接することができていたら、そんなに傷つくことはなかったのに。
 現状維持プログラムによって初めの情熱が続かないこと、これは当然のことなんだ。
 だからこの世界にはできない人ばかりなわけだし、なかなか新しい習慣が身に付けられなくても自分自身を責めなくていいんだよ。

現状維持プログラムに抗(あらが)うこと

 現状維持プログラムに打ち勝つことは難しいことだけど、これにただ身を委ねていたら何もできない人になってしまう。
 これに抗ってこそ、人生は輝き出す。
 2019年現在、世の中には「異世界に転生したら最強の魔法使いだった」みたいな作品があふれているけれど、現実にはそんなことって全くない。
 この世界では面倒くさいことを習慣化してコツコツとやり続けることが遠回りのようで一番の近道なんだ。
 スポーツ選手たちは当然毎日の練習を欠かさないし、有名人じゃなくても綺麗な体型を維持している人やオンラインゲームのランキングで上位に入っている人など、人並み以上の達成を得ている人はみんな努力を習慣化している。
 だから君も、『自分は習慣化をすれば何でもできるんだ』ぐらいに思っていて欲しい。それが一番難しいことなんだけど、可能性は無限大だと思ってね。
 どんなときだって今この瞬間だけが自分の人生で一番若い瞬間だし、始めることが遅過ぎることなんて何もないのだから。
 参考までに、パパがこの人生で学んだ現状維持プログラムに抗う方法をお伝えしておくね。
 一つは、目標に到達したときの気持ち良さをハッキリと明確に意識することだと思う。
 人間は気持ち良さを求めてこそ行動できる生き物だから、その目標を達成したらどれだけ気持ちが良いのか、それはどれだけ自分にとって得な、利益のあることなのかと繰り返し自分にいい聞かせてあげることが大切だ。
 そしていざ何かに取りかかり始めたら、現状維持プログラムが足を引っ張ることを意識して、継続することを目標にする。
 とにかく勉強なら机に向かうし、運動ならトレーニングウェアを着る。
 人が集中状態に入るためには脳の側坐核(そくざかく)という部分が活性化する必要があり、そのためには7分ぐらいの時間が必要となるそうなので、『どんなにダルくてもとりあえず7分やろうよ!』と自分を励ましつつ、やり続ける。
 行動を小分けにして達成感を何度も得るというのも一つの手だよね。
 TODOリストを作って「席に座る」、「ノートを開く」、「教科書を読む」とか事細かにノートに書いて、それをチェックしていくとか。
 そんなあらゆる手段を使って、現状維持プログラムに抗いながら書いたのがこの文章群です。
 仕事と愛しい君のケアで毎日ヘトヘト(恩着せ表現)なんだけど、一日二時間程度のわずかな時間でも習慣化して書き続けていれば、こんなふうにある程度まとまったものを生み出すことができるんだよ。

中道(ちゅうどう)でいこう

 もう一つのヒントは、また仏教から。
 これもお釈迦様(おしゃかさま)のおっしゃったことなんだけど、何事も「中道」でやるのがベストなんだって。
「琴の弦は張り過ぎてもゆる過ぎても良い音が出ない。その中間ぐらいに絞ると、良い音が出る」というたとえ話の中で説かれていたことなんだけど、どんなことも本当にそうだよね。
 筋肉も極端にトレーニングをすると壊れてしまうし、何もやらないとしぼんでいってしまう。
 勉強も過度にやり過ぎると頭痛や眼精疲労で手につかなくなってしまうし、何もやらなければ何も得られない。
 君も極端に走らず、かといって現状維持プログラムに飲まれて怠け過ぎず、ちょうどその中間ぐらいのテンションで目標に向かっていってね。
 パパは勉強も試験直前までしなかったり、引き受けた仕事を徹夜で完了させたりするのが好きだったので、この話を聞いたときにも「早くいってよ!」って思ったな。
 結局、徹夜をしたり極端な行動に出るとあとで休息が必要になったりして凄くバランスが悪いんだよね。
 高い山を一気に登っても高山病になっちゃうし、ダラダラ登っていても日が暮れてしまう。
 真ん中の道をゆっくりコツコツと登っていこう。
 本当にこの世界、それが一番の近道なのだから。