8月31日「アンビバレンス」

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術後はずっと呼吸器をつけたまま青息吐息だった彼女。驚異的な回復力で、今日には普通に会話が出来るようになっていた。まだ点滴をつけっぱなしでベッドから全く身動きは取れないけれど、ワンタッチでボタンを押すと麻酔が入る仕組みになっているらしく、痛みが散って嬉しいみたい。

昨晩は子供が産まれたということをいろんな方たちにご報告した。友人、知人、会社の人、親戚――大袈裟に書いているけど、それぞれほんの数人の人たちなんだけどさ、それだけで昨日はくたくたに疲れた。

こういうとき自分の中のもう一人の自分がとても不愉快な想いをする。彼は目に見えない「体裁様」に忠誠を誓い、非合理的な行動をする僕のことが大嫌いだ。それは心のない、意味のない、くだらないことだと思っていて、そんなアクションを取ろうとする自分を軽蔑している。

けどさ、やらなきゃいけないからやる。こういうのどうでもいいし、社会の常識なんてクソくらえでつまんない仕事なんか一切せずに山にこもっていたいなんて無理だし。

一通一通、感謝の言葉と共に娘が産まれた旨をメールで飛ばす。しくじっちゃいけないと思って短い文章を何度も何度も繰り返し推敲し、つまらない文章を作る。

――その結果、みんなから「おめでとう」が返ってくる。で、喜ぶ。

こういう自分になれたのは多分、全部姉のおかげだ。

姉が引きこもり、働きもせず、近親者の葬式にも顔を出さなくなり、両親が肩身の狭い思いをずっとしているのが見ていられず、僕は積極的に親戚付き合いをするようになった。

本来サラリーマンなんて出来る性格でも気質でもないのに、辞めたり鬱になったり身体壊したり長期間のブランクを作ったりしながらもなんとか今働くことが出来ている。

そして最高の恩師に出会い、最高の女性と出会い、最高の子供まで出来た。

姉に感謝すると同時に、もう代役はこれで終わりにさせてもらいたい。抜け殻のように虚ろな日々を恩師と彼女の魔法で無理矢理生き伸びてきた。そんな人生はもういい加減に終わらせないと、子供は見抜くと思うしね。

――殊勝なことを言う流れだと思ったでしょ!?

残念でした!

実際、ここらで生き方を見つめ直したいよって思う。それで仕事を変えるとか引っ越すとかそういうことじゃなくて、心構えをアップデートしたい。

修行なのだ。

リスペクト

本日は炎天下の中、彼女のお姉さんが彼女のお見舞いに来てくれていた。

お父さんは亡くなってしまっているし、お母さんは「おめでとう」ぐらいでアッサリとしたリアクションしかくれていないので、お姉さんがその代役をやろうとしてくれていた。

ヒシヒシと感じる義務感。

献身的で優しいお姉さんの頭上に、僕の怨敵「体裁様」のお姿を見た。

それが客観的に見えた瞬間、僕を変に可愛がってくれた数名の人たちの姿が浮かんだ。

ああ、きっとあの人たちも、僕の頭上に体裁様のお姿を見ていたんだろうな。

まるで解けない呪いだ。

切なくなるね。

だけど、その美しさってのもあるでしょう。

表裏一体であること、良いも悪いもないということを、もっとシンプルに受け入れられるようになれたらな。

もっと穏やかに、自由でいられるのに。

――それにしてもお義父さんは立派な方だったなと素敵なお姉さんのお姿を見て改めて思いましたね。

無意識に「期待している」というプレッシャーを与えてしまったり、嫉妬心を持たせたり、親離れ出来ていないと思わせないために、僕が自らの母親の良いところを彼女にべらべらと喋らないように、彼女自身も自らの父親の良いところを僕にあまり語らない。

だからお義父さんの可愛いところや面白いところ、滑稽なところやズルいところは彼女から聞いているけど、それ以外の素晴らしい部分は感じ取るしかないんだけど、彼女と彼女のお義姉さんの優しさや責任感の強さを見ていると、お義父さんのお人柄がいかに素晴らしかったかが凄く良く分かる。
お義母さんが自由な方だから、尚更。両方がフリーダムだったら、こんな子供たちにならないものね。苦しむことの多い方だったそうだけど、その優しさを、背中を見てしっかりと尊敬されていたんだろう。とても照れ屋な方だったそうなので、こんな風に言われるのはイヤだろうな。申し訳ございません。

それにしても今日の娘ちゃんも可愛かった。寝顔がとてもキュート。男っぽい顔のようだけど愛嬌がある。

――っていうか昨日の夜中、僕は生涯この子のことを絶対に不細工と言わないと、可愛いと言い続けようと心に誓った。

それはもう、僕の父親としての責任。

瞳が大きくて愛らしい、明らかに秋田美人な彼女ではなく僕に似てしまった。

ここ、絶対に将来ツッコまれる。

「ママに似たかった」と言われる。

そんなとき、「パパは君のことを最高に可愛いと思う」って言えないとダメだと思う。

ちょっとでも「ぶっさ!」とか思ってたら見透かされてしまう。

心から言わなきゃダメだ。

そのためには、まず自分を洗脳する必要がある。

今からこれを自らに課していれば、娘ちゃんが大きくなったときには大丈夫だろう。

そして、娘ちゃん自身もその気になって輝くような笑顔を身につけてくれるはずだ。

僕だって尊敬させてやりたいから。

修行なのだ。

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