8月20日「綺麗な心になってくれ」

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『破水したから病院行く』

今週はそんなLINEがいつ飛んで来てもおかしくない。

予定日まで十日を切ったのだ。

仕事スタートの月曜日だってのに、勤務時間中もそわそわしちゃう。

出産のその瞬間だけを想像するだけならまだしも、どうしてか妄想は拡がっていくもので、その後の生活なんかをイメージしてしまう。

オムツ交換とかお風呂に入れるところとか。

やがて思春期を迎え『パパと洗濯物を一緒に洗わないでよ!』とか言われる。

そりゃ女性というのは遺伝子の遠い男性を求めるようにプログラムされている生き物ですから、同じ遺伝子を持ったパパのニオイがダメになるのは仕方ない、生理現象だと思いますよ。

だけどその口の利き方! そこが問題だよ!

そもそも痛ましいショックからずっと手を洗い続けるようになっちゃった人とかは可哀想だけど、そうじゃない他人を不潔扱いしているだけの人たちって心が汚れているんだと思う。レンズの内側に拭えない汚れがこびりついているから、何を見ても汚れて見えるんだろう。

ずっと姉にバイ菌扱いされて育った僕。自分のことを何をやっても嫌がられる汚い存在だと思い込んでいたんだけど、そんな僕が飲んでいたペットボトルを奪い取って飲んでくれたあの子は天使のようだった。そんなことで泣きそうになった。

っていうか人間なんて菌の集合体みたいなもんだし、尿も糞も身体で作ってるんだからね。産まれてくる娘ちゃんにはそんな愚かな、残念な頭になって欲しくないな。

綺麗な心

外国のお坊さんが日本に来られていたとき、講演後の小さな打ち上げのときに飲み物でも食べ物でも、自分が受け取ったものはまず周囲の人にあげようとされているのを見た。それを周りの人も真似するから、なんかみんなの食いかけの皿が回ってくるというシチュエーションに遭遇したことがある。

前述の通り僕は潔癖家庭で育ったので他人が口をつけたものを食べるのも自分が口をつけたものを人に食べさせるのもイヤだった。しかもその場にいる人たちって老若男女美醜を問わずいろんな方々がいたから、軽くオェッて吐き気がしながら回ってきた皿に頑張って箸をつけていた。

――だけど、そんな出来事から僕は悔い改めましたね。従うべきはダメだった人ではなく尊い人たち。あのときはなんて良い経験をさせていただいたのかとあとになって本当に思いました。

それって他者と自分を隔てない気持ち、平等に敬う気持ちがあるからこそ出来ることであり、自らのいやしい執着を緩めようとする訓練でもあるんだよね。その心をより強固に育むために「まず自らにではなく他者に施そう」と己に課しているんだよね。なんて美しい心だろう。

僕も彼女を相手には常にそれを実践するようにしています。美味しい飲み物を買ったら、食べ物を注文したら、まず彼女にひとくち捧げるようにしている。

その結果は彼女を若干ふくよかにしたけど、それだけじゃなくて僕の心にとても大きな変化があった。

浅ましく自分の利益だけを貪ろうとする心が緩んできたし、自分が損をしても彼女の笑顔を見ること、彼女と共感し合えることに得を感じられるようになってきた。

ばい菌扱いされてきたトラウマは癒え、幸せを分かち合うことに喜びを感じられるようになってきた。

同時に、彼女には敬われているという安心感、信頼感を僅かながらでも届け続けられているはずである。

もう、いいことばっかり!

そういうところだよ、娘ちゃん!

僕のニオイが苦手になっても、他人を汚いものだなんて思って遠ざけちゃダメだよ。

それは人生で損にしかならない発想。

本当に汚いのは、そんな自分の心だと思いなさい。

喜びというものは、大好きな人たちと分かち合うと何倍にも大きくなるものなんだからね。

なんで言うことを聞けない!?

誰に喰わせてもらっていると思っているんだ!!

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