楽器を売った。魂を殺した。彼女はふくらはぎを物干しで突かれて喜んだ。

どしゃ降り
 
GW中に大掃除しまして、現在もまだまだ細かい整理を行っている最中であります。
 
一番大きかったのは僕が使っていた楽器を処分したこと。
 
大学時代、軽音楽サークルではしゃいでいた頃は本当に楽しかった。いろんな曲や詞を書いて、心の奥底にあるものを吐き出した。そんな想い出がいっぱい詰まった楽器群。特にお気に入りだったギブソンのエレキとタカミネのエレアコは僕にとってただの楽器以上の意味があった。使う機会がなくとも、それを所有しているだけで僕はただの社会人じゃない、アーティストでいられた。カッコいい「本当の自分」を、心の中に生かしていられた。
 
それを売り払った。
だってもう子供が出来るから。
遊ぶ時間もお金もないし、持っていたってしょうがない。
売ったお金でソファーを新調した。
彼女の好きな色で、デザインで、リビングが華やかになった。
楽器を売って良かった。
いい買い物が出来て本当に良かった。
 
先日、昔からの友人と食事に行って盛り上がって、そのあとカラオケに行った。
 
愕然とした。
あの頃の調子で歌おうとしても咳き込んで、全く気持ち良く歌うことが出来なかった。ボイトレとかも行ってたし、結構友人たちからは評判の良いボーカリストだったんだけどね。
終わってた。
これは劣化ではなく、退化。
年を取ったからじゃなくて、もう必要ないからダメになったんだ。
 
家に帰ると、彼女が僕のAIRでうつぶせになっていた。
「……ただいま」
「おかえりー」
彼女はうつぶせのまま言葉を続けた。
「今日も疲れて足がパンパン」
彼女の7か月目のお腹はとても大きくて重く、歩くだけでも本当に大変。
タイツを脱いで投げ出された足。
彼女のふくらはぎがあった。
僕は物干しを手に取ると、その先端を突き刺した。
「お、いいね♪」
嬉しそうな声がした。
「いいね、いいね♪」
リズミカルに足の裏もつついてやると、呼応するように声が弾んだ。
「……」
僕は無言のまま物干しを突き続けた。
痛くないように、尖端がちょっと沈む程度に。
「いいね♪ いいね♪」
左右に揺れる後頭部。
もう誰にも見られなくてもいいと思ったんだ。
彼女がいれば。
そうだ。
僕が本当の自分を殺しても守りたかったものは、こんなものだったんだ。
「ありがとう、もういいよ」
ようやく振り返った彼女の顔は、滲んでよく見えなかった。